妖精の国のレアアイテム

 ピオニーが口にした”モータルウォーター”とは、世界中のアイテム士全てが手にしたいと望む液体である。

 叔母であり、師匠でもあるグレイス・マクスウェルの話によれば、モータルウォーターそれ自体には”人間に作用するような効能”はないらしい。

 では何がそこまでアイテム士を惹きつけるのかというと、その”中和作用”なのだ。

 例えば、モータルウォーターを異なる複数種類の材料に混ぜたなら、別種の効能を持つアイテムに変化する。なので、一獲千金を望める、夢のあるアイテムと言っていいだろう。


 勿論こうした中和作用のあるアイテムは他にもある。

 だが、モータルウォーターはそれらの中でも、上位クラスのアイテムなので、それがあればより高難易度のアイテムの作成に挑めるというわけだ。


 ステラは両手を握りあわせ、熱を込めた眼差しでピオニーを見つめる。


「あ、あの……。イキナリこんな事を言ったら失礼なのかもですが、私に”モータルウォーター”を売って下さいっっ!」

「ステラさん……?」


 語気に驚いたのか、エルシィは目を丸くしてステラを見る。

 会場に居る他の面々も同様だ。

 しかし、ここで怖気づき、引き下がったなら、レアなアイテムの入手機会を逃してしまう。恥を捨て去るしかない。


「貴女はエルシィ王女のご学友でしたね。同族の救助にも手を貸して下さったようですし、特別に取引しても良いです。モータルウォーター300mlを金貨100枚でどうでしょう?」

「金貨100枚!! た、高い……」


 財布を持ってくれているアジ・ダハーカを見降ろすと、目を細めて所持金を教えてくれる。


「財布の中身は金貨81枚だぞ」

「そんな……」


 思い返してみると、模擬戦争が終わった後、相棒の為に”ドワーフの火酒”を購入した。それが滅法高かったので、アレを買っていなかったら今金貨100枚あったかもしれない。


「うわ~ん!! アジさんに貢ぎすぎちゃったです!」


 ステラはシクシクと涙した。

 だが、そんなステラに救いの手が差し伸べられる。


「安心して下さいませ、ステラさん!! こんな事もあろうかと、ガーラヘル特産のを持ってまいりましたの!」

「ふみゅ。?」


 堂々と立ち上がったのはエルシィだ。

 彼女は付き人をビシリと指さし、命じる。


「カーティスさん。をピオニーさんに渡して下さるかしら?」

「かしこまりました!」


 付き人はうやうやしい所作で進み出て、ピオニーの傍にひざまづく。差し出したのは、両手程のサイズの綺麗な箱だ。

 ステラがつま先立ちをして、中身を確認すると、ギッシリと真珠がつまっていた。


「これは……。真珠ですか?」

「ええ」

「貝の中から採れるという、正しい球体の宝石……。とても、とても綺麗です」


 ピオニーはスッカリ真珠に魅了されてしまっているようだ。

 内陸部にあるオスト・オルペジアでは、真珠を目にする機会があまりないのかもしれない。


「我がガーラヘル王国で採れた最高級の真珠なのですわ! これと、”モータルウォーター”とやらを物々交換致しましょう!」

「ええ!? 王女様、そこまでしてくれなくてもいいです!」


 思わぬ展開に、ステラは大いに慌てた。

 転がるようにエルシィの近くまで走り寄り、両手をパタパタと動かす。

 いくら最近親しくしているからとはいえ、自分の為にお金を無駄にしないでほしい。


「ステラさん。これは先行投資というものですわ。優れた職人の卵は国の宝。真珠の礼がしたいのでしたら、是非、王家に献上するに足るアイテムを製作してくださいませ」

「あうぅ……」


 ニッと笑うその姿に、将来王国を背負って立つ者としての覚悟と自信が実てとれた。感動にも似た気持ちに突き動かされ、ステラは大きく頷く。

 そこまで自分に期待してくれているのなら、断るのは野暮というものだろう。


「それとピオニーさん。今お渡しした真珠は総額で金貨300枚以上の値打ちがありますの。ですから、もう1つお願いを聞いて下さらないかしら?」

「……内容によりますが、お聞きしましょうか」

「妖精の国にダンジョンがあるそうですわね。そこで、幻のアイテムのレシピがドロップされると耳にしました。今回の訪問ではダンジョン探索の時間がとれませんし、良かったら直接私に――いえ、ステラさんに渡して下さらないかしら?」


 列車内でアジ・ダハーカが言っていたダンジョンのことだろうか?

 ステラはドキドキしながら成り行きを見守る。

 

 しかし、ピオニーの反応は微妙なものだった。

 柳眉を寄せ、憂鬱そうな表情に変わる。





 

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