妖精王の悪癖

 出迎えの面子には、本来いるべき者が不在だった。

 妖精王のティターニアだ。彼女はエルシィを始め、ステラ達をこの国に招いてくれた張本人なので、当然居るものと思ったが、体調が優れず、部屋に引きこもっているらしい。

 どれだけ美しい妖精なのかと、一目見たかったのに、残念でならない。


 そんなステラのモヤモヤ等お構いなしに、再び馬車に案内される。


 どうやら臨時の迎賓館に連れていってくれるようなのだが、ピオニーやプリムローズは少し申し訳なさそうな様子をみせる。

 聞く話によると、この国には人間用の宿泊施設等なく、今回の為に、彼等は大急ぎで昔の宿泊施設を整備したのだとか。


 汚らしい廃墟に案内されるのかと思いきや、意外にも、良い雰囲気の建物だった。

 確かに、内部の骨組みがむき出しになっているし、半分植物に覆われている。

 しかしながら、それが良いアクセントなのだ。窓から漏れる照明の光もホッとする温かさで、癒し効果抜群だ。


 エルシィの付き人や近衛兵達は良い顔をしなかったが、ステラ達年少組は大喜びで案内の妖精について行った。


 あてがわれた部屋も実に個性的だった。

 まず天井に穴が開いていて、夜空が丸見えだ。

 テーブルや椅子は木や石を適当に組みあわせたものだけど、クッション類はシルクの布を使用しており、触り心地が良い。


 天井から吊り下がったベッドにステアはダイブする。

 貧弱に思えたツルのロープは案外丈夫で、落下することなく、ブランブランと大きく揺れた。


「しゅごい……。こんな家に住んでみたかったんです」

「ふむ。雨が降ったら全て台無しだと思うがな」

「あー確かに……」


 アジ・ダハーカの冷静な意見に肩を竦める。

 天井からは満天の星空が見えており、それ自体が価値あるもののようではある。しかし、ここを楽しめるのは快晴時のみなんだろう。


「そのまま寝転んでいると、眠さで起き上がれなくなるぞ。夕飯を食い損ねても良いのか?」

「乗り物の中で座ってただけなんですけど、なんか妙に疲れたんです」

「そのうち息をしているだけで疲れたと言い出しそうだな」

「そうかもですねー。寝転ぶの幸せなんです。……でも少し残念な事思い出しました」

「何だ?」

「この国に呼んでくれたのはティターニア様なのに、本人に会えないからです」

「……ふむ。今日は満月であるし、ティターニアの魔力が最も強まる日だ。体調が悪いというのは嘘であろうな」

「何でそんな嘘を?」

「あの女は美男子を好む。もしかすると、誰かと夜を共に明かす為の罠を張っているのかもしれんぞ」

「む。アダルトなんです?」

「ククク。半分冗談だ」

「半分……」


 ステラは上半身を起こし、熱くなった頬をペチペチと叩いた。

 たぶん相棒が言うのは、家族でテレビを観ている時に場を凍らせる場面の事なんだろう。


(そういえば王女様の付き人さんとか、近衛の人達の何人かは顔が整っていた気がする。どこかからティターニア様がチェックしてたって事なのかな~。不思議)


 ティターニアの行動はステラに関係なさそうだけど、アジ・ダハーカの言い方は妙に気になるものだった。


「アジさんはティターニア様と知り合いなんですか? 『あの女』って言ってましたけど、まるで昔から知ってるみたいです」

「遠い昔に一度まみえただけよ」

「ふーん」


 相棒はそれ以上語ろうとはせず、ステラの好奇心を放置した。

 昔話が始まりそうになると、彼はいつもこういう態度をとる。


 ステラは頬を膨らませ、勢いよく起き上がる。


「着替え!」

「ああ。ジェレミーが買っておいたやつか」

「そーですよ!」


 ボンヤリ気味のドラゴンの上に、脱いだ服を投げ、チュール素材のドレスを頭から被る。

 ジェレミーが彼の趣味で選んだドレスはサーモンピンクでフワフワだ。

 どうも彼は日頃からステラに可愛らしい服装をさせたいらしく、知らぬ間にクローゼットの中にヒラヒラ、フワフワの衣類を詰め込むのだ。

 服代がかからずに済むので助かるけれど、たまに微妙な気分にさせられる……。


 太いリボンをお腹の前で縦結びをし、その中にマジックアイテムをチマチマと仕込む。見知らぬ土地で何があるか分からないので、目立たないように武装しておきたい。


 そうしていると、通路の方からドタドタと走る音が聞こえてきて、勢いよくドアが開いた。入って来たのは、タキシードにシルクハット、ショートパンツ姿のレイチェルだった。


「ステラー! 準備できたー!? って、うわ、かっわいぃ~~!! ヌイグルミみたいっ!」

「レイチェルさん早いんです」

「ぎゅむ~!!」

「ふみゅ……」


 ステラは怪力のレイチェルに力強く抱きしめられ、部屋の中でブンブンと振り回された。


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