幻想的な国(SIDE ステラ)
列車を下りた後、何度かトロール達からの襲撃があったようだが、それらは全てエルシィが連れて来た近衛兵達が片づけてくれた。
しかしながら、道の端に移動させられた怪物の巨体は迫力満点で、暇な道中に刺激を与えてくれる。
初めて目にする生き物について議論を交わしながら移動すること30分。オスト・オルペジア近くの村に一度停車した。そこには161番目のプリム・ローズが迎えに来てくれていて、真っ白な馬車に乗り換えた。
彼女は村で少し気になる事を話していた。
最近。妖精の国では、トロール等の規格外の妖精をスルーアと呼び、選別が厳しくなっているらしい。
そうした、言わば差別主義的な政策が行われるようになった背景には宰相の代替わりがある。現宰相、93番目のピオニーはおそろしい程に潔癖な妖精で、醜いモノを好まず、追い払う。
なんでも、醜い妖精が居ると治安が悪くなり、全妖精の狂暴性が増すとの理由を付けているようだ。
彼女には今回、ステラ達も会う事になるので、”言動には充分気を付けてほしい”とプリムローズに念を押されてしまった。
そして今、妖精国へと繋がる扉が開く。
セルトラ共和国の国境とされている場所の近くでプリムローズが繊細な杖を振ると、何もない空間に巨大な扉が現れた。
茨で出来たそれは音もなく動き、ステラ達が乗る馬車を通す。
いつの間にか夕暮れ時になっていたらしい。
ピンクがかったオレンジ色の陽光が大地を照らし、幻想的な風景を作り出していた。広大な野原に、清らかな小川。どこに行ってもこれほど美しい国はないだろう。
初めは言葉もなく見惚れていたステラだったが、だんだん違和感を覚えるようになった。どこを見ても少しも不快なモノがないのだ。
完璧すぎて、逆に居心地が悪い。
しかし、その感覚を言葉で言い表すのは難しく、月並みな感想を口にするのがやっとだった。
「見事に花だらけなんです!」
「ほんと~! 妖精の国って、絶対綺麗だと思ってたけど、これ程とは恐れ入った!」
うっとりとした表情で外を眺めるレイチェルに対し、アジ・ダハーカは冷静だ。
「季節感の無い野原だ。今は夏だというのに、スミレにタンポポ、コスモス……、四季の花がなんでもあるのだな」
「うん。枯れた花もないから、新鮮な花だけが道から見えるように、手入れをしている感じかもです」
「え? 誰が? 妖精達が?」
「ブラックなんです……」
「ヒー……」
窓から身を乗り出して、遠方を見ると、遥かかなたにキラキラと輝く城があった。あそこまで続く道を綺麗に整えるのは大変な作業が必要だろう。
(外から人が来るときだけ、だよね……。おそろしや)
ブルブル震えながら、車内に引っ込もうとしたが、丘の端にまん丸の月が見えたので、動きを止める。
なんと今日は満月の日だった。
「『満月の夜。美しき若者は野原を歩いてはいけない』」
絵本の中の一節をそらんじれば、レイチェルがキラキラとした目を向けてきた。
「ステラどうしたの!? 詩人にジョブチェンジしちゃう?」
「ポエムは書けないので無理なんです! それよりも、レイチェルさん。今日は1人で散歩しないで下さいです」
「うん? 良く分かんないけど、了解だよ!」
不思議そうにしながらも、レイチェルは頷いてくれた。
彼女はガサツな行動ばかりとっているので、目立たないが、美少女と言っていい容姿の持ち主だ。あの絵本が何を示すのか正確には知らないものの、もし彼女が条件をクリアし、単独でダンジョンに入ってしまう事になれば、なかなかに大変な目に合うだろう。
滞在日数的にも攻略は難しいはずなので、踏み入る可能性を無くすのが安全だ。
◇
「皆様。このような地まで良くまいられました。
”妖精王の城”で出迎えてくれたのは、優し気な印象の人間――もとい、人に化けた妖精だった。蝶の羽を模した仮面で顔半分を隠し、グラデーションがかったピンク色の巻き髪を背中に流している。
その目は抜け目なく品定めするようであり、あまり好印象を抱けない。
「ガーラヘル王国を代表して挨拶申し上げますわ。こたびはお招きいただき、感謝いたします」
「ガーラヘル王国第一王女エルシィ様。プリムローズに聞いた通り、貴女様の
「お言葉がお上手でいらっしゃいますのね。事前に話をした通り、今回は私の学友も連れてまいりましたの。丁重に接していただけるとありがたいのだけど」
「聞き及んでおります。皆様を歓迎いたしましょう」
ピオニーにグルリと見回され、ステラ達はギクシャクとあいさつを交わした。
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