空腹なままの夜会

 ステラの部屋に妖精が訪れ、夜会の席に案内すると告げられた。

 3人で彼女の後を付いて行き、通されたのは、野性味と可愛らしさが混ざったダイニングルームだった。

 ルームとは言っても、ほとんど外と変わりがない。

 巨大な天然石が屋根になっていて、それをドッシリとした支柱が支える。

 微妙に斜めになっているのが不安を掻き立てるけれど、長年この状態をキープしているということは、それなりにバランスがとれているんだろう。


 ホオズキ型の照明がたくさん浮かぶ中、クリスタルのテーブルが淡く発光する。その上に乗せられたグラスのふちもまた怪しげに煌めき、見ごたえは充分だ。


「見てこれ! グラスの中で、液体の色が2色に分かれてる!」


 レイチェルが指で摘まむグラスの中は、下が赤い液体で上が青い液体になっている。飲むのには躊躇してしまう色彩である。


「ふむぅ。液体の比重を意識して作ったのかもですね。下に重い液体を入れ、上から軽い液体を入れたなら、くっきりと分かれそうな気がするです」

「さっすがクラフターだね! 勉強になったよ~」


 風変わりな飲み物についてお喋りしているうちに、コリン達クラスメイトが集まってきて、続いて妖精貴族達の一団も加わった。

 最後に入って来たのは、エルシィだ。

 ブルーのドレスを着た彼女はボンヤリとした灯りの下であっても、その美しさはくすまない。

 近衛兵に警護されているためか、普段よりも何割り増しかで高貴な雰囲気を醸し出してさえいる。


 ピオニーの正面に座った彼女はこちらに視線を向け、はにかむ様に笑う。

 ステラは何となく圧倒されつつも、小さく手を振った。


(王女様、綺麗だなぁ。あんな人が私なんかと親しくしてくれてるなんて、信じられないや)


 レイチェルやコリン達からドレス姿を褒めてもらったステラだが、エルシィの美しさを見てしまうと、自分がショボく思われた。

 卑屈に思っているというよりは、”住む世界が違う”のだと再認識した感覚だ。


「急にお招きすることになったため、建物内の修繕が追い付きませんでした。エルシィ第一王女のお部屋だえは何とか見栄え良く整えさせたのですが」


 まず話始めたのはピオニーだった。

 先ほども部屋の事で謝ってもらったものの、ステラの感性では面白い内装だったし、気にはしてない。


「とんでもありませんわ。とても美しいお部屋でした。黄金のベッドに、宝石が埋め込まれた壁や天井……。どれもこれも素晴らしいものでした」


 話を聞いていると、エルシィの部屋はステラ達にあてがわれた部屋とは大きく違っているようだ。

 妖精達は限られた資源を最も高貴な客人の為に惜しげなく使ったのだろうか。


「いけ好かない連中だ」


 本音で話す相棒にステラはヒヤヒヤとし、彼の手にグラスを持たせてやった。

 

 盛り上がりに欠ける席ではあるが、料理が運ばれてくると話のネタが生まれ、次第にガヤガヤとしてきた。


「妖精って普段こういうの食べてるんだね~。面白~い」


 レイチェルは前菜が盛られたガラスの皿を持ち上げ、ケラケラ笑う。

 しかし、ステラとしてはあまり笑えない。

 妖精達が用意してくれたディナーは、どれもこれも美しさにこだわりすぎている。


 例えば、前菜はスミレの花の砂糖漬け1つだけだし、スープは金のスプーンに入れられた液体だけだ。

 幾らなんでも量が少なすぎて、全く食事をしている気分になれない……。


 隣に座っているアジ・ダハーカもさぞかし怒っているかと思いきや、ご満悦の様子。どうやら、花の蜜を使ったカクテルをいたく気に入り、他がどうでも良くなったようだ。


(うぅ……。空腹が満たされないよぉ。後でアジさんに非常食を分けてもらわなきゃ)


 念のため、アジ・ダハーカの収納に干し肉やビスケットを入れておいたはずだけど、彼に食べられてしまってないか急に気になりだす。


「そういえば。道中トロールに遭遇しましたわね。彼等も妖精の一種と理解してますけど。ピオニー様、国民の管理がなってないのではなくて?」


 エルシィが放った言葉に、一瞬場が凍り付いた。

 最近彼女はステラに優しいので忘れていたのだが、本来はズケズケとモノを言う人なのだ。


「スルーア達の事ですか。国民とは見なせませんが、一応アレ等に相応しい仕事を与えているのです。しかし最近は知能が回る者が増えてきたようで……、盗みや暴力を働くのですよ。処分するか、追放させております」

「相応しい仕事……?」


 ステラが口を挟めば、ピオニーの優し気な目がこちらを向く。


「ええ。地下から”モータルウォーター”を汲み上げさせています」

「モ、モータルウォーター!?」


 その単語を聞き、ステラは弾かれたように立ち上がった。


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