王都新聞朝刊

「ステラ・マクスウェルさん! 今日の朝刊見たよ! お手柄だったね!」


 金曜日の昼休み。

 売店で売り子をやるステラは客から絡まれ、キョトンとする。

 

「朝刊って何の話ですか?」

「嫌だなぁ。君ってば、売店で売ってる物の中身を見てないのかい? 仕方がない。上級生である俺が買ってあげよう」


 いぶかしく思いつつも、男子生徒から朝刊とその代金を受け取る。

 彼はステラが新聞を読むのを待たず、すぐに知人らしき者の元へと走っていき、港町出身らしい気前の良さを見せつけた。

 その後ろ姿に小さく礼を言い、新聞を広げれば、驚きに目が丸くなった。

 一面に、ステラの顔写真が載っている。金貨一枚程のサイズではあるが、間違いなく自分だ。

 魔法省で作ってもらった身分証と同じ写真が使われていることから、義兄か、魔法省の人事の人間が新聞屋さんに渡したと推測出来る。


「わわっ! 私が載ってます!」

「どうやら昨日のヴァンパイアの件みたいだな。警察は”お主に感謝状を贈りたい”、などと書かれておる」


 アジ・ダハーカに言われた事は確かに紙面に書かれている。

 感謝状はジェレミーに贈るべきなのに、自分宛てなのが良く分からない。部数を伸ばす目的で、チビッコ(に見える者)に注目させたい考えなんだろうか。


 微妙に興ざめな気分になりつつ、文章を読み進める。


「あのヴァンパイアのお医者さんは現行犯逮捕だったみたいですね」

「うむ」


 ステラはモソモソと自分のポケットの中を探り、小瓶を取り出した。

 内容物は赤黒い”ナニカ”。

 なんとも不健康そうな液体を見ていると、しだいに後ろめたさを感じてくる。


「む……。お主、それは一体……? まさかヴァンパイアの血液ではあるまいな?」

「えーと。えへへ」


 誤魔化して笑えば、呆れたようにため息をつかれてしまった。


「全くお主はちゃっかりしていると言うか、何と言うか」

「ちょっとした出来心なんです」


 昨日会ったフランチェスカと医者の顔を思い浮かべる。

 実はヴァンパイアという種族とあれほど関わったのは、昨日が初めてなのだが、その思考や生態をとても興味深いと思った。


 ヴァンパイア族全体に関わる深刻な問題としての、”血の渇望かつぼう”。

 そして、ヴァンパイア自身の体内に流れる”血液の効果”。


 戦闘しながら何となく、”重要な商機”が訪れていると感じた。

 うまく動いたら、ヴァンパイア族が重要な商売相手になる可能性がある。自分に害の無い方法で、彼等の需要を満たしてやれたらと思う。


(やっぱり衝動的な吸血行為を抑えられるようなアイテムとかを作りたいなぁ。フランチェスカさんにも協力してもらえたら心強いし、連絡先を聞いておきたかった)


 売店での売り子の役割をアジ・ダハーカに任せ、ステラは頬杖を付いて「うーむ」と悩む。

 そうして5分程過ごしているうちに、あらかたカウンターの前の客が片付き、見張っていたかのようなタイミングでエルシィが顔を出した。

 相変わらず、非の打ちどころの無い美貌である。


「ステラさん。ちょっとお話宜しいかしら?」

「あ! 王女様! 午前中居なかったですね」

「公務が有ったのですわ」

「ふむー」

「オスト・オルペジア行きの事なのだけど、ジェレミーさんは貴女の遠出を承諾してくれたのかしら? 出発は明日だからつい聞きに来てしまいましたの」

「快諾してもらったのです! 堂々と妖精の国に行けます!」

「まぁ、本当に!?」

「はい! 実は昨日、西区で悪さをしていた人を捕まえるお手伝いをしたので、それのご褒美なんです」

「そのご活躍、王都新聞で拝見しましたわ。流石は私の学友。是非レポートにまとめて、学校に提出してくださいませ。きっと単位を貰えるはずです」


 エルシィはまるで自分の功績であるかのように、表情を輝かせ、手放しで褒めてくれた。ジェレミーにかけてしまった迷惑が気になり、喜べないでいたステラだったが、漸く素直に喜べるようになった。


「えへへ。レポートを書くのは苦手ですが、やってみますね」

「オスト・オルペジアは遠い国ですし、宜しければ移動の最中に一緒にまとめましょう。コツを抑えたらすぐに書きあがりましてよ」

「わ~い!! 宜しくなのです!」


 エルシィはニッコリと完璧な笑みを浮かべ、”旅のしおり”なる分厚い冊子をステラにくれた。読んでほしいとの事だったが、明日までに読み切るのは可能なのだろうか?


「ふむ。王女殿下はもしかすると。コレを書き上げる為に午前の授業を休んだのでは?」

「王女様に限ってそんな事は……あるのかな?」


 楽し気なエルシィの背中を見送りながら、ステラとアジ・ダハーカは首を傾げたのだった。


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