魔法省の医務室にて

「――……ステラ。……ステラ。起きれる?」


 優しい声色と、肩を揺らされる感覚に、ステラはウト……と目を開ける。

 自分を覗き込むのは、少々疲れ気味の顔をした義兄だ。

 シッカリ彼の顔を見つめれば、ホッとした表情で、ステラ頭を撫でてくれた。


「ここ、どこ?」

「魔法省の医務室だよ。君、西区で倒れたのは覚えてる?」

「ん」

「その件で、色々と仕事が出来ちゃったから、君はアジ殿と一緒に少しここで寝ててもらってたんだよ」


 アジ・ダハーカは医者との戦闘の最中、鋭い爪により胴体がえぐられた。

 こわごわとジェレミーが指す方を見ると、ステラのお腹の辺りに小さなドラゴンが丸くなっていた。目を瞑っているが、呼吸のたびに身体が動いているので、ちゃんと生きているのが確認出来る。


「アジさん。生きててよかった……。一緒に居た女の子はどうなったですか?」

「ああ。彼女にも治療を施したんだけど、何時の間にか居なくなってたね。あの子もヴァンパイアだよね?」

「えと……う、うん。でも、悪いヴァンパイアではないです……よ?」

「君の為に戦ってくれてたのを見たし、それは分かるけどね。まぁ、その話は後でいいよ。事後処理もあら方片付いたし、魔法省から出よう」

「うん」


 あまり良く動かない頭で、今の状況を考える。

 先ほどまで西区の整形外科クリニックで変態医者と戦っていて、負けそうなところでジェレミーが助太刀してくれた。彼があの時、医者を「警察に突き出す」と言っていたことから、ヴァンパイア兄は今頃オリの中なのかもしれない。


 ステラは考え事をしながら、両の手の平を握ったり開いたりし、エーテルの流れを確かめる。それなりにエーテルが体内に戻ってきているようだし、何となく以前より身体がサッパリしているように感じる。

 恐らく、長い間使わずにいたエーテルが新しいエーテルと入れ替わったからだろう。


「昼よりも体調が良くなりました」


 感じたままを口にすると、ジェレミーは苦笑いする。


「あれだけ格上と戦闘して、MPをスッカラカンにしたっていうのに、タフだね」

「そうなの?」

「うん。お腹はどう? 空いてる?」

「ペコペコ!」

「夕飯は家と外食のどっちがいい?」

「塩味のラーメンが食べたいです!」

「外食したいって事ね。僕も今日は疲れたから、そうしようか」


 ジェレミーに渡されたスポーツドリンクを一気飲みした後、屈んだ彼の背中に遠慮なく乗っかる。アジ・ダハーカはトートバッグに詰め込まれた。


 誰も居ない夜の通路を、義兄の背中から眺める。

 会話が途切れたのが、無意識に気になったからだろうか? ボンヤリとした不安が、声になって口から出た。


「愛想尽かされたかと思った」

「ん?」

「ええと……。勝手な事ばかりしたから。それに、我儘も言うし、そろそろ家を追い出される頃なのかもって、思って……」

「追い出すわけないじゃない」

「ふむ?」

「そうだよ。君は僕の生きがいなんだからさ。夕方は結構怒っていたけどね」

「うん」

「でもさ、君を縛り付けて、僕の理想の妹にしようとしたら、ああやって無茶な事するんだなーて思ったら、少し凹んだ」

「ごめなさい!」

「謝らないでよ。何て言ったらいいんだろ。君は特殊な子だから、ウチに預けられたって事情もあって……、だからかな。過保護になるんだ。アジ殿も付いてるし、もう少し自由にさせるべきだよね」


 義兄の言葉はどこか独り言めいている。

 昔聞いた、”自分がマクスウェル家の養女になった理由”と少し違っているので、それを質問しようと思ったが……。


「妖精の国にも行っていいよ。ただし、ちゃんと帰ってくるんだよ?」


「ホントに!?」

「うん。今日ヴァンパイアを捕まえて、西区が平和になったのは、君の働きが大きい。その働きに対して、ご褒美あげないと」

「うわ~い!! 有難うです!!」


 大声を上げれば、廊下に反響する。

 それを聞いて目を覚ましたのか、トートバッグの中からアジ・ダハーカが顔を出した。


「む。何事だ?」

「アジさん、やりました! 私達、オスト・オルペジアに行けますよ!!」

「おお! 重労働をした甲斐があったな!」


 ジェレミーは大喜びなステラ達に苦笑しながら、運び役に徹してくれたのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る