悪夢の第二形体
ステラの魔法【疾風】を吸収したアジ・ダハーカは、その力を増幅させ、無数の風の刃とする。攻撃の対象は勿論、医者だ。
医者は自らの指の傷を治癒の魔法で塞ぐのをやめ、アジ・ダハーカの攻撃をガードした。
その一瞬の隙をつき、ステラはフランチェスカが張り付けられている鉄のベッドを【分解】し、彼女を解放してやる。
フランチェスカはステラ達の会話を聞いていたんだろう。
自発的に動き、彼女の兄の皮膚を鞭で傷つける。
医者から流れ出る血液により、ステラの魔法を介した雲は拡大していく。
しかしまだ足りない。
ステラ自身、雲を作る傍ら、攻撃魔法を撃ち続ける。
絶え間なく攻撃が続く所為なんだろう。医者はなかなかにやり辛そうにしている。それに、血を流し続けている事で、確実に弱体化しているようだ。
暫くの交戦の後、医者はついに抵抗を止めた。
風の刃も鞭も一切避けず、ただ頭上の一点のみを見つめる。
「私の血……血が……。惜しい……勿体ない」
何かのスイッチが入ったのだろうか。
流れ出る血もそのままに、ステラが液状化させた血液に手を伸ばす。
彼の目は激しい飢えを伺わせるものだ。血液不足が、精神をむしばみ始めている……。
(何か、嫌な予感がする……)
先ほど医者に血を吸われ、更に30分ほども戦闘をしているせいで、ステラはMP不足に陥っている。クラクラとして、立っているのも精いっぱいという感じだ。
ここまで弱らせたのなら、後は簡単に倒せそうなものなのに、誰も決定打をうてない。他の二人もステラと同様の状態なのかもしれない。
「お兄ちゃん……このままだと、ヤバイかもしれないわね。捨て身で行かせてもらうわ!」
フランチェスカはそう決意した。しかし少し遅い判断だったようだ。
メキョ……と、嫌な音が鳴ったと思ったら、医者の背中から赤黒い翼が生えていた。しかも、上半身がモリモリと筋肉が増えていき、上着や白衣が千切れる。
――この姿は人間と言って良いものなんだろうか?
「潰すぞ!」
「勿論よ!」
ステラが唖然と見遣る間に、アジ・ダハーカとフランチェスカが医者に飛び掛かる。しかしながら、形体を変えた医者にとっては、なんという事もない攻撃だったようだ。
長く伸びた爪で、彼等の身体を深くえぐり、地面に転がした。
「うそ……。私の【アナライズ】で読み切れなかった隠しパラメーターが有った……? それとも、ヴァンパイアという種だけに備わった力……?」
「ククク……。絶望に染まる
一歩一歩近づいてくる異形の姿に、ドッと冷や汗が流れる。
ステラの敗北は決まったようなものだ。
「私はね……クク……。体力が1割を切ると、一定時間の間、始祖の力を使えるようになるのだよ。貴女は爆発的な火力がなかった。ジワジワと削るのは私にとって好都合というものだったのだ!! アッハッハー!!」
「ぐぬぅ~~! 汚い大人なんです! ワザと私達の攻撃を食らってましたね! 強さが変わるなんて、訳が分かんないんです!」
「長年生きてきた者を見くびってはいけないのだよっっ!! さぁ血だ。血をよこしなさーい!!!」
ケラケラと笑う医者は素早くステラに接近し、骨ばった手で肩を掴んだ。
「見た目がきついよぅ。うわ~ん!」
「愚弄するのか! やはり腹が立つ幼女だね!!」
身体を近づけられたところで、ステラは最後の抵抗とばかりに医者の股間に蹴りを入れた。しかし、痛めたのは自分の足の方だった。
「硬い!! 痛い!」
「急所を放置しておいていると思ったのかね!? 残念ながら、私は昔の伝統に敬意を払い、鉄で保護しているのだーよ!! コッドピースくらい君も歴史で習っただろう? ハッハー!!」
「こんなアホな医者に負けるなんて……」
再びガバリと覆いかぶさられ、犬歯を肌に当てられた。
しかし幾ら経っても、その歯がステラの肌を貫く事はなかった。
「――はぁ……。全く。さんざん探し回って、やっと見つけた……」
背後から聞こえたのは義兄の声だった。振り返るとやはり彼で、こちらに右手を突き出していた。医者に何らかの術を使っているんだろう。
医者が動きを止めている。それに彼の身体から赤黒い羽が消失し、ムキムキに盛り上がった身体も元に戻る。
「ジェレミーさん」
「何で大人しく僕の秘書をやってられなかったかな……」
「ううう……。ごめんなんです……」
「説教は後だよ。まずはコイツを警察に突き出さないと」
「ほへぇ……。力が、抜ける……」
妙に身体から緊張が抜けていき、ステラは真後ろに倒れ込んだのだった。
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