王家御用達車両

 土曜日の早朝。

 まだ通りに朝もやがかかる中、ステラはジェレミーに駅まで送ってもらう。

 昨日バタバタとやった荷造りは完璧とは言えないが、普段から大量の品々をアジ・ダハーカに預けているため、妖精の国に着いてから、物がなくて困るという事態にはならないだろう。


 エルシィからの特殊な指定もクリアしている。

 ”旅のしおり”には、ドレスを用意するようにと書いてあって、そんな大層な服を持っていないステラは慌てた。しかし例によって、ジェレミーがステラにジャストフィットする夏用のドレスを買っていてくれたので、助かった。

 彼が何の為にそれを準備していたのかは謎である。


 駅前のロータリーまで来ると、ジェレミーが魔導車を停車させ、助手席に座るステラの方を向いた。


「ステラ。危険な事に首をつっこんではいけないよ」

「分かってますっ!」

「ヤバそうな時は、コリン君の身体を盾に」

「うんうん」

「それからお土産はいらないからね」

「うん」

「えーと……、他に何か言う事は――」


 まだまだ話が続きそうな様子にウンザリし、ステラはドアを開けてピョンと外に飛び出た。


「あ」

「行ってきま~す、なのです! 別れの涙はいらないんです~!」


 呆気にとられた様子のジェレミーだったが、ステラが満面の笑みで手を振ると、苦笑をこぼした。


「行ってらっしゃい。ステラ、アジ殿」

「行ってくる。留守番を頼んだぞ」


 車のドアを閉めてから、駆け足で駅舎に入れば、エルシィとその付き人が待っていてくれた。


「ご機嫌よう。ステラさん。良い朝ですわね」

「おはようなのですっ!」


 今日のエルシィのよそおいは、両肩の出たニット地のトップスに真っ白なボトムを合わせていて、とても大人っぽい。

 それに対して、ステラが着ているのは、クリーム色のエプロンドレスと同色のトンガリ帽子。並ぶと自分の子供っぽさが強調されるかのようだ……。

 ジッと自分の服を見下ろすステラに気にせず、エルシィは話をする。


「クラスの皆さんはもう車両に乗っていらっしゃいますのよ。発車の時刻はまだですが、乗車してユックリしませんこと?」

「そうしますっ!」

「では、まいりましょうか」


 ステラはもう自分の子供っぽい服は気にしないことにし、エルシィの後を追う。


 「これに乗る」と紹介された車両は赤く、そして国旗の模様が側面に描かれていた。あまり列車に乗らないステラにも、その特殊さは分かる。


 乗車すると、内装が凄かった。

 毛足の長い絨毯に、金ぴかの壁や調度品。アチラコチラに飾られたクマのヌイグルミはエルシィの趣味なのだろうか? 手に持って観察すると、恥ずかしそうにされた。


 センスが良いのかどうかは分からないものの。莫大な金がかかっているのは間違いなさそうだ。


「ここって、貸し切りなんですか?」

「いいえ。この車両は王家が所有してますのよ。公務として様々な国に訪問する際に使用してますの。各種娯楽も揃えさせておりますし、全員分の休憩室も整えさせておりますから、長い旅路でも快適なはずですわ」

「凄いですっっ」


 エルシィの説明にステラは感動した。

 内容に、というより、スラスラと淀みなく話し切った彼女自身に対してだ。


「王女よ。食事は何が出るのだ? 儂は酒にはちと煩いぞ」

「ご心配には及びませんわ。しおりにも記載した通り、王都の三ッ星シェフと有名ソムリエ、そしてパティシエも連れてまいりましたの。美食の数々を堪能していただけるはずでしてよ」

「ふむ。流石だな」


 昨日貰ったしおりを読み切っていないステラは、ここで感心して見せたら、読んでない事がバレるだろうと、ワザと反応を薄くした。


 車両の中央部まで行くと、クラスメイト達の姿が見えた。

 それぞれが大きなソファでくつろいでいて、ステラを目にすると、挨拶してくれる。


「おっはよ~! ステラ! こっちにおいで」


 大袈裟な程に激しく手招きするのは、レイチェルだ。

 ショートパンツにTシャツ姿の彼女は豪華な内装の中では浮いているが、ステラは自分も似たよなものなので、ホッとした。

 勢いよく、彼女の隣に座る。


「おはようなのです。王女様の列車はゴージャスですね!」

「ホントそう! ウチの実家も金持ちな方だけど、王族は桁違いだね~!」

「オスト・オルペジアには国賓こくひんとして行くのですから、貧乏くさいと舐められるわけにはいかないのですわ」


 その辺りのプライドは”王族ならでは”という感じだ。

 列車で妖精の国まで行くわけではないだろうが、どこから妖精達に見られているのかも分からないので、最初から最後まで豪華な旅にするのだろう。


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