売店係の血は旨いらしい

 アジ・ダハーカの言葉から、ウェイトレスらしき少女に対して警戒心を抱き始めたステラだったが、戻ってきた彼女を見て、ポカンとしてしまった。

 なんと、彼女は両手に一つずつ大皿を持っていて、その上には山盛りのケーキやマフィンが乗っかっていた。

 普通こういうお店では、お洒落な皿にケーキを一つだけ出されるものなのに、ここは随分と気前が良い。


「ふむ。出されたケーキを全部食べたら、無料になるキャンペーンでもやっているのか?」


 喋る気の無さそうだったアジ・ダハーカは、大量の食べ物を前に気分が高揚してきたのか、勝手なことを口走った。

 一瞬キョトンとした少女だったが、口の端を上げ、「そうなの? 初耳だけど」と返してくれる。


 相棒の警戒心が解けてしまったので、ステラは仕方がなくケーキ等に対して【アナライズ】をかけてみる。変な毒薬が仕込まれてないか気になるのだ。

 しかしながら、分析結果は至って普通だった。

 あえて言うなら、”肥満”デバフがジワジワとかかるようだけど、この手のスィーツでは良く見るデータである。


「このマフィン、非常に美味だ。そちらのムースも試したい」

「どーぞ~」


「ねぇ、お前が来ているワンピースって、魔法省の制服だったわよね?」


 何故か同じテーブルに座った少女が、ステラの服をジットリと眺めてきた。


「ええと……。一応そうです。今日だけ秘書さんをやってるんです」

「秘書? 秘書って、偉い人の面倒をみる仕事だったよね? 小さな子供に出来るの?」

「人のお世話くらい出来るんですー。今日だって、部長さんのハンコにインクを付けて、役立ってました!」

「ふぅん。意外とちゃんと働いてるのね。で、その秘書さんがここに来たのは何で?」


 少女の赤い眼はヒタリとステラを見つめる。

 まるで肉食獣のターゲットにされたような気分だ。


「先日このお店のパティシエさんが、ヘンテコな生き物にいっぱい血を抜かれたと聞きました。事件を解決して、部長さんの機嫌をとるんです!」

「パティシエは30分ほど前に病院に運ばれたわよ。今この店に誰も居ないのは、たった一人居た店員が付き添いで付いて行ったからなの」

「だからウェイトレスさんが1人で留守番をしているんですね」

「ウェイトレス? わたくしが?」

「違うんですか?」

「違うわよ。ただ、お前達が腹を空かせてそうだったから、持って来てあげただけ」

「ご親切に、有難うございます?」


 改めてこの少女の存在が気になりだした。

 1人で無人のお店に居座り、何をしていたのだろうか?

 色々な考えが巡り、全く食欲が無くなってしまった。


「あのパティシエ……、――――いさんにターゲットにされてしまったのよ。昨日も血を吸われたから貧血になったのね。アイツの美貌に騙されすぎ」


 名前の部分が良く聞き取れず、質問しようとしたが、うっかりティーカップに手を当て、落としてしまった。


「わわ! 落ちちゃった」


 慌てて拾い上げるも、ティーカップは真っ二つに割れている。しかもその破片で、ステラは指の皮を切った。

 不幸というのは続くものである。

 人差し指の腹にプクリと赤い血が沸き上がる様子を、半べそで眺めるステラである。


「うぐ……っ。踏んだり蹴ったりなんです……」

「ステラよ。魔法で治してやろう。指をコチラに向けろ」

「ん」


 アジ・ダハーカの方に怪我をした手を差し出そうとしたが、横から伸びてきた手に握られた。

 「え?」と口に出したのは、少女の予想だにしない行動ゆえだ。

 掴まれたステラの指が少女の口の中に入っている。


「あうう……。昔懐かしの治療法なんですか? その割に痛めつけられてもいますけども……」

「お前の血。普通の人間のモノと大きく違うわね。スィーツよりずっと甘美な味……。あの人も好みそう」

「うん? 血糖値が高めという意味で?」

「違う。っていうか、私としたことが、血の誘惑に勝てなかった……。なんなのよ、もうっ」


 色んな衝撃で訳が分からなくなっているステラだったが、アジ・ダハーカの低い唸り声でハッと我に返った。


「忠告してあげるわ。パティシエの様に餌になりたくなければ、今すぐ区内から出ていった方がいいかもしれないわね」

 

 彼女はステラの指を放し、さっさと店を出て行ってしまった。


「あの人、ヴァンパイアなんですかね?」

「だろうな」

「”害獣対策部”に持ち込まれた案件なので、モンスターが悪さしているのかと思ってましたけど、ヴァンパイアが犯人の可能性もあるのかな」

「……。他の被害者の居場所も聞いているなら、会いに行ってみないか? もっと情報を集めた方がいいだろう」

「ですね!」


 ステラは代金をレジの上に置き、アジ・ダハーカと共に店の外に出た。

 歩きながら、ヴァンパイアという生き物について記憶を辿る。


 彼等は犯罪に手を染める者がかなり多い。

 何が原因かというと、血を求めるからだ。体内でエーテルを生成出来ない彼等は、その高い身体能力を発揮するために、他の生物から奪い取る。

 生き物の血からエーテルを抽出する機能が身体に備わっているため、割と仕方がないことなのだが、しばしば人間のエーテルを欲するから始末に負えない。

 人は普通三つの欲を持つとされるけど、ヴァンパイアの場合、”吸血に対する欲”を含めた四つになる。


 厄介者扱いされないのは、彼等の容姿が総じて美しいからなんだろう。

 ステラは少女の姿を思い浮かべ、1人納得するのであった。

 

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