西区の菓子店

 王都西区の案件に関わる気になっているステラだが、区長に詳しく事件の内容を聞こうにも、うまくいかない。話が深くなりそうになると、ジェレミーが遮り、適当な世間話を初めてしまうのだ。

 これには区長も時間の無駄に思えたようで、『昼食の予定がある』と言い、早々に帰ってしまった。


 おそらくジェレミーはステラに関わらせたくないため、わざと適当に対応したものと思われる。


 打ち合わせの後、再び秘書の真似事をさせようとするジェレミーに、流石のステラも腹が立った。

 なんとしても実力を証明したくなり、彼が局長に呼び出された隙を突いて、魔法省から飛び出た。


 その辺で休んでいたアジ・ダハーカを捕獲し、西区方面に向かう路面電車に乗り込む。

 急な行動に驚いたらしき相棒は落ち着かなさそうだ。


「良いのか? ステラよ。勝手な行動をとっては、ジェレミーの機嫌を損ね、オスト・オルペジア行きが流れるかもしれんぞ」

「魔法省の仕事で手柄を立てたら、きっと認めてくれます! ハンコ捺しのお手伝いをしていたんじゃ、ジェレミーさんの役にしか立てないし、もっと多くの人の役に立てる仕事をしてみせるんです」

「ふむ。言われてみると、確かにその通りなのかもしれん。アヤツはお主の使い方を分かっておらぬようであったし、自分から動くのも良いだろう」

「うんうん」


 どうやら、協力してくれる気になったらしい。

 ホッとして、居住まいを正す。


「事件が起きたのは、西区との話だったが、区内に行ってからどうするつもりなんだ?」

「えぇと……。あんまり事情を把握してないですけど、被害者の1人は西区の人気洋菓子店で働くパティシエさんなのだそうです。その人に詳しい話を聞いてみたいかなー」

「フムフム。実は今朝テレビ番組で、ラム酒を使ったケーキが存在すると言っておったのだ。洋菓子店に行ったら、是非食してみたい」

「ほほう……。とても興味深い話ですね!」

「調査の一環として試食しないとな」

「勿論ですっ」


 その後も”西区で起きた事件”と”ケーキの種類についての話題”を行き来する事10分程で、目的の停留場に到着した。


 王都西区は、その昔、職人の街として栄えたエリアだ。

 今でも古風な店が建ち並んでおり、レンガ道ともあいまってかなり雰囲気が良い。


 ステラは久しぶりに訪れる通りをキョロキョロと見回しつつ、道行く人に洋菓子店の場所を訪ねる。


「うーん……。結構細い通りに入るんですね」

「この辺は儂も初めて来る」


 やや道に迷いつつも、辿り着いた店はずんぐりとした外観だった。ドワーフ族風の建築物なのは、この通りにあって、少々異彩を放っている。


 扉を開けて店内に入るが、中を見て「あれ?」と首を傾げてしまった。

 店内にスタッフが居ない。

 その代わりに、客らしき少女がテーブルに座り、手鏡片手に口紅を塗っていた。


 昼時だから、社会人等はもっとガッツリと食べれるお店に行っているんだろうか?

 戸惑い気味に立ち尽くすステラに、少女が話しかけてきた。


「ケーキを食べに来たなら、座ればいいでしょ?」

「えっと……。はい。ではお邪魔します」


 違和感を覚えつつも、窓際の席に座る。メニューを開けば、隣の椅子に座ったアジ・ダハーカがすかさず、”ラム酒のバナナマフィン”を指さした。

 彼はこの状況を受け入れているんだろうか?


「注文は?」


 少女はなおも話しかけてくる。

 その言葉から、ステラは漸く彼女がこの店のウェイトレスなのだと気が付いた。漆黒のフリフリとしたミニドレスを着ているので、それっぽくはない。しかし注文をとってくれるということは、そういう役割を持っているからなんだろう。


 メニューを見つつ、改めて女を観察してみると、やたら可愛い容姿をしていた。

 つややかな黒髪は頭部で二つのシニョンにまとめられているのだが、全てがそうではなく、半分程が背中に流されている。

 眠たげな目にはまるのは、紅色の瞳。それはあまり熟成されていないワインの色にも似ていて、酷く魅力的に見える。


 ボゥ……、と見惚れるステラに呆れたのか、彼女は「注文」と繰り返した。


「あ!! そうですよね。”ラム酒のバナナマフィン”と、”初夏のサッパリヨーグルトムース”を!」

「飲み物は?」

「ビールありますか?」


 何故か口を開かないアジ・ダハーカの為に、彼が好みそうな飲み物を聞いてみたところ、少女は変な顔をした。


「そんなのないわ。というか……、お前が飲むの?」

「このドラゴン用なのです」

「ふぅん……。変なの。ビールは無いけど、ラム酒はありそう。持って来てあげる」


 彼女はそう言い、店の奥へと行ってしまった。

 自分の分の飲み物を注文し損ねたが、少女の態度が少々怖いので、追加で頼む勇気がわかない。


「あの女、普通の人間ではない……」


 それまで黙っていたアジ・ダハーカは、少女が消えた先を見ながら不穏な事を言うのだった。



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