秘書のお仕事?
ジェレミーはステラとアジ・ダハーカの名札を持って戻った。どうやら人事部で用意してもらったらしい。
ステラが制服にそれを付けると、一気に魔法省の役人気分になる。
(お役所の仕事だから、しっかりやらないとっ!)
彼から害獣対策部に対して正式に紹介された後、秘書としての仕事をザックリと伝えらえる。
①部長の為に戦闘員が書いた今週のレポートを全て読み上げる事②部長の為に判子にインクを付ける事③部長の為にスケジュールを把握し、時間がきたら教える事、等である……。
正直”全部自分でやればいいのに”と思わずにいられない。
しかし、この仕事をやり遂げなければ、エルシィ達と旅行に行けないかもしれないので、従わざるをえない。
判子を朱肉にグイグイと押し付け、「ほい」とジェレミーに手渡すと、彼はイイ笑顔で受け取った。
「有難う。働きの良い秘書を持てて幸せだよ」
「このくらい当然なんです!」
「いい返事だね。ところで、この辺にあった僕の写真はどこかな?」
「業務に不必要なので、私が捨てときます!」
「……そう」
義兄はもの言いたげな表情を浮かべたが、苦情も言わずに再び書類仕事にとりかかった。
「少々飽きてきたな。儂は散歩に行く」
「ほい」
呆れた表情を浮かべつつ、アジ・ダハーカは窓から出て行った。ステラも出来たらここから逃亡したいけど、目の前にぶら下げられたエサが魅力的すぎて実行出来ない。
しかし退屈とも少し違う。
室内を観察する余裕が出来たので、職員を1人1人観察し、勝手に楽しんでいる。
”害獣対策部”はジェレミーを含めた80人の部署で、老若男女、人種も様々な者達が働いている。
彼等の仕事は多岐に渡るが、主な業務は悪質なモンスターを退治する事だ。
モンスターは住民に襲いかかる厄介な存在であるのだが、その生態には謎が多い。
毎日討伐しても、どこからともなく出現するのだ。ここで働く者達は扱い辛い存在達から住民を守らなければならない。
極めて重要な仕事をしていると言える。
しかしながら、隣に座るジェレミーは緊張感とは無縁だ。
「もう10時か。おやつの時間だね。クッキー食べる?」
「あ、食べたい! って、だめです! 10時からは西区の区長さんと会う予定なんです!」
「そうだっけ?」
「そうです!!」
何故おやつの時間はチェック出来るのに、予定については口にしないのか。ステラのミスを誘発しようとしているとしか思えない。
彼の手からクッキーの缶を奪いとり、立つように促せば、しぶしぶといった感じで準備を始めた。
「それじゃあ、区長さんと話しに行くかな。ついておいで」
「手間がかかる社会人なんです……」
ステラは一度肩を竦めてから、メモ帳とペンを持ってジェレミーの後を追う。
珍種のモンスターの剥製や、呪われてそうな壺等が展示されている回廊を進み、小会議室に入ると、ポッチャリ体系の中年男性がソファに座っていた。
彼はジェレミーの顔を見るやいなや、弾むように立ち上がる。
「マクスウェル君。お邪魔しているよ」
「久しぶりです。区長さん」
「こちらの小さなお嬢さんは? 職員の子供かな?」
区長はステラに目を留め、不思議そうにしている。魔法省には随分若い職員も働いているけれど、それでも10代半ばくらいだ。その中において、ステラは異分子にしか見るんだろう。
「この子は義妹のステラです。今日は僕の秘書をやってくれています」
「どーも。初めましてなんです」
「ほぉ。マクスウェル君にこんなに小さな妹がいたとはね。意外意外」
「僕達の事はおかまいなく。どうぞお掛け下さい」
三人でソファに腰かけると、すぐに会話が始まる。
「相談があると伺ってますが、内容はどのようなモノです?」
「ああ。実は最近西区内で住民が複数名襲われているんだ……」
害獣対策部に持ち込まれる案件なだけあって、不穏な内容だ。きっとモンスターか何かが絡んでいるんだろう。ステラは興味津々で前のめりになった。
「モンスターに襲われているんですか?」
「被害にあった者に話を聞いても、ハッキリした事を言わんのだ。ただ、大量に血を抜き取られたと」
充分深刻そうな話なのに、ジェレミーはウンザリしたような態度に変わった。
「うーん……。血を抜くモンスター……。バット系や蚊に近い存在でしょうか。結構低レベルなモンスターですよね。西区の自警団でも対応出来るのでは?」
「自警団の連中は勿論動いてくれた! だがな、相手が強すぎるらしいんだ。人型にだったという話も上がっている。頼む! 西区の住民の為に動いてくれ!」
「人型ですか……」
自警団というのは、各自治体に置かれている組織の事だ。
魔法省だけでは対処しきれないような、細々としたモンスター案件を受け持っているが報酬はない。あくまでもボランティアとしての活動らしい。
でも素人集団というのは少し違う。魔法省を退職した者や、魔法学校に在籍する者等、そこそこに腕の立つ者で
そんな彼等でも太刀打ち出来ないモンスターだとすると、相当厄介な存在と言える。
漸くまともな仕事に関われそうな予感に、ステラは浮足だった。
「ジェレミーさん! 天気も良いことだし、モンスター退治に行きましょうです!」
「何かウチの管轄外な気がするんだよね。行く気しないなー」
「市民を守るです! シッカリするです!」
やる気が無さそうなジェレミーにため息をつくステラであった。
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