魔法省害獣対策部

「あの、ジェレミーさん」

「どうしたの? ステラ」

「お願いしたい事がありますっ!」

「なんだろう?」


 夕暮れ時の庭先でステラは丸っこい庭石の上で膝を抱え、畑に水を撒くジェレミーを見上げる。樹木の精霊の厚意で増えた”妖精の大麦”の畑により水やりが大変になるかと思われたが、ジェレミーの範囲魔法にかかれば、どうという事もないようだ。


「私、週末から月曜日にかけて、妖精の国オスト・オルペジアに行ってきます! 王女様に誘われたので!」

「ダメ」


 止められそうだと予想していたが、ここまで断言されるとは思わなかった。

 やや怯みつつも食い下がる。


「何でですか? 妖精の国で体験したい事がいっぱいイッパイあるんですっ」

「この国の外は危険地帯が多いんだよ。君の身に何か起こっても、僕が助けに行けないじゃない」

「王女様と一緒だから厳重に警備されると思うです! ジェレミーさんは不要ですね!」

「……王女様ね。ステラちゃん、あんまり王族と関わんないでよ」

「ん? 何で?」

「内緒」

「む」


 ジェレミーはやたらと秘密を抱えている存在だ。しかもその中にはステラに関わる事も結構あるようで、時々彼との間に壁を感じる。


 またいつもの様にノラリクラリとかわされ、エルシィ達との旅行も流されてしまうかもしれない。そう思ったが、意外な所から助け舟が出された。

 その辺に実っていたキュウリを、シャクシャク咀嚼そしゃくしていたアジ・ダハーカだ。


「ジェレミーよ。あまり厳しい事ばかり言っていると、ステラに嫌われるぞ。それに、お主とて王家の者の誘いを無下むげには出来まい。家出されたくなければ、うまく対応することだな」

「……」


 ジェレミーは畑に放水する手を止め、真剣な表情でステラを見た。

 今から何を言われるのだろうか?


「あのさ。君が居なくなるだけで、僕の日課の一部が出来なくなるんだよ」

「えーと?」

「毎日寝グセの微妙な変化とか、ミリ単位で身長が伸びたり縮んだりしている様子とかをね、記録したいんだ」

「これは、思ったよりも重症だな」


 ドン引きするステラや、呆れ果てるアジ・ダハーカを気にも留めず、ジェレミーは語り続ける。


「それなのに3日間も居なくなるとか、家出とかさ。聞いてるだけで辛いよ。分かる?」

「うう……。理解が厳しい……」

「どうしても旅行したいなら、明日1日僕と行動を共にする事」

「明日は学校です!」

「あの学校って、外部での活動をレポートにまとめて提出すると、単位をくれたはず。一定の条件を満たしたら。だけど」

「そうなんだ」

「明日は魔法省で僕の秘書をやってね。仕事ぶりが良かったら、旅行を認めてあげる」

「秘書? うへぇ……」


 さっきまでの不機嫌はどこへやら、ジェレミーはやたら楽しそうに母屋おもやへ戻って行った。


「面倒な奴よの。スンナリと認めるのが悔しいから、困らせたいのであろう。まぁ、こうなったからないはちゃんと働いて、正々堂々とオスト・オルペジアに行くぞ」

「うん」


 そういうアジ・ダハーカは、エルシィの話を聞いてから、やたらノリノリになっている。12年間ずっとガーラヘル王国に留まっていたため、外の国の空気を吸いたいのだそうだ。

 そして、それはステラも同じ気持ちだ。

 明日はジェレミーをうならす程に働いてやろうと決意を固めた。


◇◇◇


「可愛い~!!」

「チビッコが居る!」


 部屋のアチコチから上がる歓声に恐れをなし、ステラはトンガリ帽子を深く被りなおした。


 ここは魔法省害獣対策部。

 ステラは朝ジェレミーにこの部屋に連れて来られ、部長席にチョコンと置き去りにされた。『直ぐに戻る』と言われたのに、30分も戻って来ない。

 その間に、大人達に囲まれてしまい、ステラは完全に委縮している。


(アウェー感が凄い……)


 ジェレミーが出ていったドアをチラチラ見ながら、スカートのシワを無駄に伸ばす。

 ステラが今着用しているのは、チンマリとした身体にジャストフィットする魔法省の制服だ。臙脂えんじ色を基調としていて、胸元のフリルタイや膝丈の裾等、妙に可愛らしいデザインになっている。

 子供サイズのこれを一晩で仕立てられるとは到底思えないので、ジェレミーが以前から準備していたのだろう。ひたすらに不気味だ……。


 さらに、ジェレミーの机にステラの写真が5つも飾られてあるのもやばい。

 彼が居ない間にその全てをアジ・ダハーカに収納してもらう。


「何か知りたくない事実を知ってしまったような気分なんです」

「恐ろしい男だ。恥を恥とも思わぬような性格をしておる……」


 相棒とコソコソと話していると、傍に大柄な男が立った。


「わ!?」

「君さ。一昨日、王立魔法学校の模擬戦争で大将役を務めていただろう? 凄い活躍だったね!」

「そんなことは……」

「もしかして部長からスカウトされた?」


 彼を良く観察してみるとジェレミーよりも少し上くらいの年齢のようだ。二日前の魔法学校の模擬戦争の情報をもう持っているのは、彼が採用的な活動をする立場だからなんだろうか。


「今日は、義兄のお手伝いというか……。課外授業なのです」

「兄って……。君、まさかマクスウェル部長の妹さん!?」

「そのなのです」

「「「えええ~~~!!!???」」」


 部屋中に黄色い声やら、恐怖の声やらが溢れ、更に居たたまれなくなる。

 ここに1人残していったジェレミーへの恨みで、ステラは頬を膨らませるのだった。


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