VS園芸係長

 金曜日の朝、ステラは眠い目を擦りながら登校する。

 昨夜は家に帰るとジェレミーがににこやかに待ち構えていて、居間に正座させられたあげく、小一時間も小言をくらった。

 あまつさえ、今日から一週間は夜、ジェレミーの目の届く範囲にいなければならなくなったので、憂鬱極まりない。いくら家族とはいえ、自由を制限されるのは辛すぎる。

 不貞腐れるステラに対し、アジ・ダハーカは楽し気に笑う。


「一週間おとなしくしといたら、元の生活に戻るだろう。今だけ耐えろ」

「いいですねー。アジさんは。同じことをしても、怒られないとか、ずるいんです」

「儂を何歳だと思っておる。お主やジェレミーの数百倍は生きてるんだぞ」


 確かにそうかもしれないが、やっぱり少々気に入らない。

 殊更身体が重く感じられ、グンと歩くスピードを落とす。


 ダラダラしていると、前方の道から知人が曲がってきた。今一番話したい相手、コリン・グリーグだった。

 ステラは目を吊り上げ、弾丸のごとく彼に走り寄った。


「コリンさんっ」

「わっ! ステラちゃんだ。朝から会えるだなんて嬉しいな。おはよう」

「おはようなのです」


 穏やかな笑みで朝の挨拶をするコリン。

 しかし、彼には聞いておかねばならぬ事がある。昨日エルシィらと共に見に行った”妖精の大麦”畑についてだ。


「ちょっと気になっている事があるんですけどもっ!」

「なんだろう? 今朝何を食べたか?」

「ぜんっぜん違います! 毎週貰っている妖精の大麦についてです。コリンさんはどこから調達してるです?」

「ああ、あれね。実はね、ここだけの話なんだけど、学校の近くに妖精の大麦が大量に生えてる所を見つけてたんだ。そこから刈り取って、ステラちゃんにプレゼントしているよ。自然にあんなに生えるだなんて、神秘的だよ」


 コリンの言葉に頭を抱える。間違いなく、彼が園芸係の畑から大麦をくすねている。アジ・ダハーカの「アホだな」との独り言が空しく響いた。

 これはちゃんと、彼に事実を伝えておかねばならないだろう。


「あれはですね、学校の園芸係の人達が育てている大麦だったんです。勝手に採っては駄目です」

「えええ!? そうだったの!?」


 うな垂れるステラの代わりに、アジ・ダハーカが彼の頭に襲撃をかけた。



 激しく反省するコリンは放っておき、いち早くマロウという生徒に、”妖精の大麦”と777番目のクローバーについて話しに行くことにした。

 一年スライム組の園芸係に聞いたところ、彼女は三年生で、園芸係の係長を務めているようだ。朝のホームルームの前に、三年ゴーレム組の教室を訪ねる。

 入口近くの男子生徒にマロウを呼んでもらうと、彼女はいら立ちを隠そうともせずにやって来た。


「ステラ・マクスウェル。何か用か?」


 ソバカスだらけの顔に茶色のお下げ姿の彼女は純朴そのものなのに、冷酷な光を宿すエメラルドの瞳が印象を悪くしている。

 ステラはブルリと震えた後、ペコリと頭を下げる。


「マロウ・ステファノさん。初めましてなのです。今日はお詫びと取引をしに来たです」

「取引? 意味が分からない」

「ですよね」

「ウチの畑から大麦を盗むのを即刻やめてもらおうか。盗んだ大麦から作ったアイテムからの売上はアタシに全て渡せ」


 想像以上に高圧的な態度だ。

 しかし、こちらにも言い分はある。


「ええと。知らず知らずのうちに”妖精の大麦”を使ったのは事実なので申し訳ないです。でも、マロウさん達にも非はあります。妖精を違法に働かせてますよね? クローバーさんという妖精を解放してくれたなら、使用した材料をお店で買った分のお金はお払いしようかなって思ってます」


 勢いに任せて一気に言ってしまうと、マロウはステラの顔をジッと見つめた。

 何を言われるのかとドキドキする。


「思ったよりも、手ごわい子供だ。ただ、そのままじゃコッチが困るんでね。取引の条件を変更させてもらおうか」

「ゴクリ……。それは一体……?」

「妖精の事は口外するな。妖精あってこその大麦だからね。アタシ達がアレを作ってるお陰で助かってる人は大勢いる。妖精一匹程度の犠牲は仕方がないんだ」

「そうはいかないです。クローバーさんを助けないとなので」

「じゃあ勝負する? アンタって結構戦闘に強いって噂だし、アタシを力任せで従わせればいい」


 何故そうなるのか疑問ではあったが、威圧的な先輩との言葉での交渉が嫌になってきたので、ウッカリ頷いてしまった。


「戦います!」

「そうこなくっちゃ。ちなみに……、飼育係も担当教官だったブリックル先生がアンタにやられたから、恨みを持ってるからな。園芸係と飼育係の共闘とさせてもらう」

「なぬっ!?」


 ブリックルが飼育係を担当していたとは初めて知った。

 しかも非常に意外なことに、飼育係の生徒達から慕われていたらしい。

 という事は、だ。

 大量の生徒達を相手に、ステラは戦うハメになるのだろうか。


「1対50ではただのリンチになるし、こうしよう。売店係10名VS園芸&飼育連合50名での戦争だ!」

「あ……コチラ側を増やしてもいいんだ? だったら、イエスなのです!」


 こうして、戦いの火蓋が切られたのだった。



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