黄金色の大麦畑

 パシーンと小気味良い音が、明かりに満たされた食堂の中に響き渡る。

 その出どころは、緑の妖精のお尻である。

 

「うきゃ~~! 痛い! 痛いよぉぉ!!」

「あと100回は打つつもりよ! 覚悟することね!」

「だじげでぇ~!」


 食堂のテーブルの上で繰り広げられる、妖精による”お尻ペンペン草の刑”とやらを見て見ぬフリをしながら、ステラ達はクローバーの話をまとめる。


「うーんと、777番目のクローバーさんの話によると、彼女は海辺の街を気ままに旅する中で、ガーラヘル王国の王都まで辿り着いて、運悪く邪悪な少女マロウ何某なにがしに捕まってしまったみたいです」

「ええ。それでこの学校の近くに位置する”妖精の大麦”を栽培する畑で二年程の間働いていたようですわね」


 可愛い妖精を農奴扱いするとは、そのマロウという少女は温かな血が流れているんだろうか。


(マロウさんかぁ。畑を扱う生徒で、私に恨みを持っていて、妖精を操れる程の術者……)


 エルシィと話しながら、自動筆記帳をペラペラ捲るが、それらしき生徒は見当たらない。目立つ行動の多い生徒の分はだいたいデータをとっているので、おそらくマロウはかなり控え目なタイプの人なんだろう。


「おい。お主等。今からその畑に行ってみないか? 愛飲しているポーションの原料になっているし、生えている所をこの目で見てみたいぞ」

「アジさん。ナイスです! 私も観たいですよ」


 原料としての大麦には馴染みがあるものの、地面に植わった状態のモノは見た事がない。生命力に満ち溢れている姿を見てみたい気持ちは十二分に分かるのだ。


 盛り上がるステラとアジ・ダハーカにエルシィは苦笑し、妖精達の方を向いた。


「クローバーさん。お取込み中申し訳ないのだけど、これから貴女が働かされている畑に案内をお願いいたしますわ」

「行きたいの!? いいよ!! お尻ペンペンから逃れられるし!」

「あ! クローバー!?」


 大喜びでプリムローズの手から離れたクローバーは、そのまま食堂の出口へ飛んで行った。無邪気を装って逃げないともかぎらないので、ステラ達は大急ぎで彼女の後を追う。



 午後9時過ぎの王都は危険に満ちている。

 学校の中は結界が張り巡らされ比較的安全だったけど、出た後は道のただ中でヒラヒラ漂うゴーストや崩れ賭けのスケルトンと遭遇した。手分けして炎系統の魔法で焼き払わなければならないので、それなりに面倒だ。


 ステラは前を行くクローバーに並び、気になっていることを問いかけた。


「クローバーさんは畑で強制労働させられているとのお話をしてましたよね? どんな術を使われてるんですか?」

「術をかけられてるわけじゃないんだよね~」

「ふむぅ。では何を使われてるんですか?」

「それがね! マロウったら、私の魂を小さなカードの中に閉じ込めてしまったの! あれをこの街に置いて他へは行けないょ! 長生き出来なくなっちゃうからさ!」

「カードの中に魂を……ですか。ほーん。新しいアイテムなんですかね? 不思議でたまりませんっ!」

「ね~、ふっしぎ~」


 妙にのほほんとした話をしなたら住宅街を進み、やがて植物が生い茂っている敷地内に踏み入る。あまりこの辺りを歩かないステラは、こんな胡散臭い場所がある事自体初めて知った。


「この場所は、確かガーラヘル王立魔法学校の園芸係が使っている場所だったと記憶しています」


 エルシィの付き人は学内の情報に詳しいようだ。

 それが本当ならば、マロウという少女は園芸係だという線が濃厚になる。


(明日学校に行ったら、スライム組の園芸係の人に、マロウさんの事聞いてみようかな)


 考え事をしながら葡萄棚の下を通り抜けると、幻想的な空間に辿り着いた。

 テニスコート二面分程の畑に植わっているのは、キラキラと輝く”妖精の大麦”だった。

 それらは上空に向けて、妖精の鱗粉にも似た輝く粒子を放出していて、この世の物と思えない程に美しい。まるで金色の絨毯だ。

 アジ・ダハーカは普段の大人っぽさはどこへやら、大喜びで大麦の中へとダイブする。

 ステラも同じように振る舞いたいけど、エルシィとその付き人の目があるから、しぶしぶ我慢した。


「マロウはね、ステラの手下がこの畑から”妖精の大麦”を盗んでるって言うの! ステラは粗暴者そぼうものだけど、純粋っぽいし、そんな悪さはしないよね~」

「えぇと、そうです……ね」


 歯切れが悪くなったのは、一人の少年の顔を思い出したからだ。

 コリンから毎週大麦を貰っているけれど、それの出どころがどこなのかについては聞いてない。もしかして、”ここ”だったりするのだろうか。

 そう思い至ったステラの顔からは血の気が引いた。


(ふぁあ!!? これってやばいのでは!! 明日コリンさんに問い詰めてみないと!)


 無邪気なクローバーの姿を見ながら、罪悪感に苛まされるステラであった。

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