その言葉は”強欲”を意味する
係長は自身の乱れた前髪を横に撫でつけてから、ステラをジトリと見つめた。一カ月で消しゴム二つしか売ってないのを察したのかもしれない。
「ステラ・マクスウェル君。噂によると君は、一年スライム組の連中を巻き込んで、移動販売体制をとりはじめたそうじゃないか」
「そうですねっ!」
「君のセールスマンとしての野心に感心していたのに、何故そんなに成果が上がっていないのだろうか?」
「うーん……。一口に言いづらいんですけども。たぶん、移動販売の方では私が作ったアイテムだけ売ってもらってたからかなって思ってます」
「思いっきり一口で言えてるな! 実に明確だ! しかしだね、ステラ・マクスウェル君。君は重大な機会を損失している! 売店で扱っている通常の商品も移動販売したらいい!」
「たぶん、コリンさん達の持ち物が重くなるだけで、あんまり成果は上がらないかと」
「やってみなければ分からないだろう!」
「ふぁぁ……」
係長の語気に身をすくませる。すると彼は少々やり辛そうに顔をゆがめ、話題を変えた。
「とにかく、全員もっと販売努力をするように! それともう一点伝えたい事があるから、倉庫の外に出てもらえるか?」
何故倉庫の外へ出なければならないのか全く見当が付かず、首を傾げる。
係長は一段と険しい表情になってしまっているし、他の者も何人か憂鬱そうな様子だ。
今日の係会の雰囲気が最初からおかしかったのは、今から行く場所に原因があるんだろうか?
ドキドキしながら、身長の高い上級生達に付いて行く。
一度外に出てから倉庫の裏側に回る。
係長の後ろから目にした光景に、ステラはポカンとした。
真っ白い外壁に、単語が一つラクガキされていた。
『
見ていると呪われるような感覚になり、精神的にあまりよろしくない。
「一体誰がこんな事を?」
「ちょっと不気味よね」
ステラ同様、初めて目にした売店係もいるようで、数人眉をひそめて後ずさっていく。
異様な雰囲気の中、係長は一人ラクガキに近寄って、その文字を右手で触れた。
ステラでは絶対に届かない位置だけど、彼の背なら余裕そうだ。
「今日係会に遅れたのは、これを教師に報告するためだった。最初に見つけたのが私だったからな」
こういう奇怪な事象が起こった場合、まず疑うべきは第一発見者だと小説に書いてあったのを思い出す。しかし今それを指摘するのはやめておいた方がいいだろう。
だけど、係長の行動に違和感を覚えるのも確かなので、質問してみることにした。
「あの」
「なんだ? ステラ・マクスウェル君」
「どうして私達全員をここに連れて来たんですか? まるで私達とラクガキが関係あるみたいに思っちゃいますが」
ラクガキは王都の下町辺りに溢れかえっている。
魔法学校の倉庫をターゲットにしたのは意外ではあるけれど、ありふれた物をあえて見せたからには、何かしら理由がありそうなものだ。
「このラクガキは、もしかしたら我々売店係への宣戦布告なんじゃないかと思っている。これを見た時に沸き上がる、憎悪にも似た感情……。一片たりとも忘れたりはしない。誰かがまた何か仕掛けてくる可能性もあるだろうから、君たちも身の回りに十分気を付けてくれ」
イマイチ共感しづらい言葉もあったが、係長の売店係歴はステラよりもずっと長い。働いてきた中で、倉庫に愛着を感じるようになったからこその感覚なのかもしれない。それに、いつもは恐ろし気な態度をとる上級生に心配されるのは気分がいいものだ。
いい感じで一致団結出来そうだったのに、一人の売店係の所為でそうはならなかった。
「宣戦布告とか……馬鹿らし。こんな学校の弱小組織攻撃して何になるんだよ。自意識過剰って言葉知ってるー?」
「クリス・クラーク! さっきから言わせておけば、ズケズケと!」
「あ?」
赤毛の二年男子クリス・クラークは係長の怒りを買ってもなお、
「不安を煽るくらい、誰でも出来んだよ。役に立ちたいなら、さっさと壁から血文字消しとけよ。この無能野郎」
クリスは付き合ってられないとばかりに肩をすくめ、さっさと去って行ってしまった。それが切っ掛けになり、他の売店係達がポツポツと校舎へと戻って行く。
この場に残されたのはステラと係長の二人のみ。
なかなかに気まずい空気だ。
「あの。ラクガキを消すのを手伝った方がいいでしょうか? 係長さんが肩車してくれたら、私にも届くかもです」
係長はステラの言葉に眉間を抑え、ため息をつく。
「結構だ。後で私がやるからな。君ももう校舎に戻ればいい」
「ほい」
彼一人に雑用を押し付けるようで、少々気が引けたけど、ステラが居ても邪魔そうなので、校舎に戻ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます