売店係の義兄(SIDE エルシィ)

 エルシィ・ブロウは防御魔法で腕にシールドを張る。

 防ぐは自らの師とも呼べる男の攻撃。

 高速で繰り出される短刀は、彼がさほど力を込めている風でもないのに重く、さっきから防戦一方になっている。


 シールドがガインッ! と重い音を響かせる。

 今の攻撃を何とか受け止めたが、強烈な一打からの衝撃はかなりのもので、アビリティで【身体強化】をしているというのに、右腕から肩にかけて痺れが酷い。


(この速さと、一撃の重さ……。強すぎるわ……)


 しかも、男はまだ本気を出してはいない。

 彼の秀麗な顔は少々退屈そうであり、エルシィは嫌でも己の力量不足を自覚せざるを得ない。



(マクスウェル家の人間は規格外な者ばかりね)


 唇を噛んで、いま一度集中力を高める。


 現在エルシィと戦っている者の正体は、ステラの義兄ジェレミー・マクスウェルだ。

 本日は魔法学校も休みで、しかも王族としての公務も無いので、エルシィは彼に稽古をつけてもらっている。


 自分と同じ魔法剣士である彼は、魔法省害獣対策部で部長を務めている。

 普通部長クラスともなれば、大抵が中年なのだが、ジェレミーの場合、歳はエルシィとさほど変わらない。


 伝え聞く話によれば、彼が部長になったのは若干十八歳の頃。この若さでの就任は異例の出世と言え、周囲から疑問の声が上がったらしい。だが、こうして手合わせみると、彼の異様なまでの強さが実感出来、抜擢されるのも当然と思える。


 彼はヘラリと笑い、肩を回す――余裕のアピールだ。


「考え事をしている余裕がおありのようですね。手加減しすぎてしまったかな」

「加減なんて……必要ありませんわ!」


 エルシィは【疾風】で彼の身体をノックバックさせようとした。

 しかしながら、それはうまくいかない。ジェレミーが【カマイタチ】を使用し、エルシィが【疾風】で起こした暴風を切り裂いたからだ。


(防げない!!)


 激痛を覚悟するも、突如としてバリアが目の前に出現し、間一髪で【カマイタチ】が防がれる。


「エルシィ様! ご無事ですか!?」


 声の方を向けば、付き人が右手をこちらに向けていた。

 おそらく彼がバリアを張り、ジェレミーの攻撃からエルシィを守ってくれたんだろう。


「余計なことをしないでいただきたいわ!」

「も、申し訳ございません……」


 ギリリと歯を食いしばる。

 守られてばかりいては、いつまでたっても強くなれない。


「今日はここまでにしましょうか」


 予定の時刻よりも20分程早いというのに、ジェレミーは双剣を鞘におさめてしまった。王族の特権を使用し、彼に師事することが叶ったのだが、やはり彼にとっては面倒ごとにすぎないのだろう。

 特にこういう場面では、興ざめもいいところなのかもしれない。


 さっさと演習場の出口へと向かう彼の背に、エルシィは声をかける。


「ジェレミー・マクスウェル。一つ頼み事があるのだけど、よろしいかしら?」

「何でしょうか? お姫様」

「ステラさんの情報を教えてくださいませ」


 模擬戦から早くも数週間経ったというのに、ステラとの仲はほとんど縮まっていない。正直なところ、どのように接したらいいのか分からないのだ。

 エルシィ自身友人をもった事などないし、ステラ自身もノンビリしているようでいて、あまり隙がない。

 彼女は最近はクラスの大部分の者とうまく付き合っていて、休み時間ともなれば、誰かしら彼女に話しかけに行く。

 つまり、エルシィは彼女と話す機会が少ないのである。


 彼女の強さの秘密を知りたくても、深い話を出来るまでにはかなりの時間を必要としそうなのだ。なので、彼女の義兄に聞いてみたい。


 ジェレミーは整った顔に笑顔を浮かべたまま、首を傾げた。

 そういう仕草はステラにそっくりだ。


「魔法省の者に、王立魔法学校の全生徒分のプロフィールとステータスを調べさせたのでは?」

「ええ。ですが……、ステラさんの情報だけは信用出来ないのです。お手合わせした時の様子と、ジャン・ブリックルとの戦闘について他の生徒達から聞いた内容を考えてみましたら、ステータス以上の強さをもっているように感じましたの」

「ステラは僕の可愛い妹です。まだ12歳なので、多少悪さすることもあるでしょうが、何も怪しくはないですよ」

「素性を怪しんでいるのではありませんわ。ただ、将来国を背負う者として、有能な者を把握しておきたいのです」

「なるほど。でしたら、一度こちらで資料にまとめ、後日提出するとしましょう」

「感謝いたしますわ」

「それでは失礼します」


 ジェレミーは優美な仕草で目礼してから、立ち去って行った。

 代わりに付き人がエルシィに寄ってくる。


「さきほどは差し出がましい事をしました」

「次は控えてちょうだい」

「了解いたしました。肝に銘じておきます。それと、今、城の者に報告を貰ったのですが、エルシィ様に謁見したいという者がいらっしゃってます」


 今日は来客の予定がないはずなので、エルシィは眉をひそめる。


「誰かしら?」

「それが……。妖精王ティターニア様の使いと名乗っておりまして……」

「ティターニア様ですって!?」


 予想以上の大物から使いが来たようだ。

 ここからはるか東に位置する妖精達の楽園は、ガーラヘル王国と友好関係にある。その国の王が、エルシィに何の用があるのだろうか?

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