王女様の首飾り
次の日、学校に登校したステラは、飼育小屋にやって来た。
ここで飼われている大兎を世話する為ではない。モンスターを相手に、昨日作ったアイテムの効果を試してみたいのだ。
立派な鉄格子が嵌った小屋に近づき、違和感に気がつく。
ツノが生えた兎が居ない。それどころか、別種のモンスターが入っていた。
犬の姿に似ているが、目が一つしかついていないし、しかも尻尾が三つに分かれている。
「あれ……? 兎が入っていると思ったのにな。記憶違い?」
「前は大兎だったな。今は『カン』というモンスターに入れ替わっておる」
「カン……」
アジ・ダハーカの物知りっぷりに感心する。名前を出されて思い出したのだが、以前ステラも家の図鑑で見たことがあったかもしれない。
カンというのは東方の国に生息するモンスターだったはずだ。
そんな生き物が何故こんな所に居るのか。そして大兎がどこに行ったのかも気になる。
違和感を拭えないものの、取りあえず予定していたことはやりたい。
昨日のアイテムを取り出し、鉄格子の手前に液体を一滴垂らす。
すると……。
「ステラさん? 何をしてらっしゃるの?」
聞き覚えのある声に不意に名前を呼ばれ、ビクリと身を震わす。
声がした薔薇園の方を見てみると、その入口には思った通り、エルシィが立っていた。
相変わらずの麗しさだ。
数日会わなかっただけなのに、随分久しぶりに感じられる。
小瓶に蓋をしてから、エルシィの近くまでトコトコ歩いていくと、切れ長の目が細められた。
「使いの者に伝言を頼んだハズなのだけど、聞いていませんの?」
「何の話ですか?」
「飼育係をしなくてもいいという内容ですわ。その……模擬戦は貴女が勝利したでしょう?」
「ああ! 伝えてもらってました!」
「分かっていらっしゃるのなら問題はないのですわ。それと……」
ここでエルシィは急に頬を紅く染めた。
珍しい反応に興味を引かれ、ずずいっと近寄ってみれば、片手で額を抑えられ、止められる。
「むぅ……」
「私の身体を心配して、ポーションを下さったでしょう!? 私も何かお返しをしたくなりましたの! 受け取って下さる!? 受け取るわよね!?」
エルシィは早口でそう言うと、ジャラジャラした物をステラの首にかけた。
その早技に、ステラはパチリとまばたきした。
自分のペッタンコな胸に視線を落とせば、ペンダントが揺れていた。
飾りの部分に刻まれるのはガーラヘル王家の紋章……だっただろうか。
アクセサリー類に詳しくないステラでも、これが相当値がはるものだというくらいは分かる。
ぼぅ……と、そのペンダントに見惚れているうちに、エルシィが素早い足捌きで離れていく。
「そ……そろそろ一限が始める頃合いですわ。貴女も遅れてはダメよ!」
「ほい」
彼女の姿が校舎内に消えてから、アジ・ダハーカがステラの目線の高さまで下りて来た。
「随分良い物を貰ったな。“状態異常無効”の効果が付与されておる」
「状態異常無効……。それって凄いレアなアイテムですよね。私なんかが貰っても良かったのかな」
こんなに便利なアイテムを所持していたなら、模擬戦で使用すればよかったんじゃないだろうかと思う。しかし、出来る限り自分の実力で戦いたいとするエルシィは、これを身に着けるのを良しとしなかったのかもしれない。
「あの者に気に入られたんだろう。大事にするんだな」
「します!」
有頂天のステラは、飼育小屋のことなど頭からスッポリ抜け落ち、ピョンピョンと弾むように校舎の中に入っていった。
◇◇◇
昼休み、当番日でもないのに、ステラは売店に立つ。
担当だった上級生に、用があるからと代理を頼まれたのだ。
昨日バニラ・ド・シルフィードで散財してしまったステラとしては、断る理由はなく、二つ返事で引き受けた。
ステラを目ざとく発見した生徒達は、やはりマジックアイテムを求め、群がった。
売店係に復帰したのを喜んでくれるし、以前にもましてアイテムの売れ行きが良いので、ステラとしても嬉しい限りである。
特に先週末にステラが模擬戦で使用したアイテムは飛ぶように売れ、開店して直ぐに品切れになってしまった。
昼休みが終わりそうな頃、クラスメイトの一人が売店に訪れた。
「よう。店じまいが終わったら、少し時間くれねーかな?」
「うぅ……。面倒なんです」
「そう言うなよ。授業に使う教材を仕入れて来いって、センセーに頼まれてさ。俺ってあんまりアイテムに詳しくないから一緒に来てくれよ」
正直気がすすまないものの、あまりクラスメイト達と不仲にはなりたくないので、仕方なく頷く。
ノロノロと店じまいし、クラスメイトの後に続く。
校門をくぐり抜けた後、大通りを抜け、狭い路地に入った辺りで、ステラは歩くのが嫌になってきた。彼の歩くスピードがあまりに速いのだ。
立ち止まり、大袈裟にため息をつく。
「ふへぇ……。疲れましたぁ」
「さっさと歩けよ」
酷い言い草である。ステラは頬を膨らませ、足元に落ちていた小石を彼に向かって投げた。
「テメェ……」
「もう動かないです。ふーんだ」
「言う事を聞け!!」
怒りの形相を浮かべた彼の目を見上げ、ハッとした。
目全体が真っ赤に染まっているのだ。
「これは……誰かに操られているな。ステラ、下がれ!」
「わわっ!」
クラスメイトの異変に目を白黒とさせるステラであった。
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