魅惑のバニラ

 マクスウェル家の屋敷までレイチェルに送ってもらい、家政婦さんへの挨拶もそこそこに書庫へと向かう。

 庫内に入る前に、アジ・ダハーカがピタリと止まった。


「儂は夕飯まで寝るぞ」

「ほい」


 どうやら眠たいようで、フヨフヨと階段の上に飛んでいく。

 ああ見えても年寄りだから、睡眠時間の確保は重要なのだろう。


 一人書庫に入ると、庫内は多数の本棚が整然と並んでいた。

 聞く話によれば、その蔵書量は魔法学校の図書館をしのぐらしい。

 マクスウェル家はその昔、王族の為に薄汚い仕事――国内外での暗殺や工作活動を行なっていたのだそうで、一族の魔法技術を高めるために、ありとあらゆる専門書を買い集めたのだとか。

 しかし、それももう今は昔の話。

 現在は魔法省勤めの人間が少しばかり多い程度の普通の家だから、ステラはお伽話のように捉えている。


 目当ての棚まで行き、素材に関する専門書を一冊抜き出す。


(バニラ・ド・シルフィード……風の精のバニラはどこかな~?)


 二、三冊あたったところで、該当の素材の記事を見つける。

 活版印刷された挿絵が可愛いらしい。

 中央に描かれる緑色の乙女は風の精霊シルフィードを表しているんだろう。


(ええと……、素材の効果は……)


 説明を読むと、“嗅いだ者にテンプテーションの効果”、“香りの強さで効果の大小が決まる”などと書かれてある。


「ふむぅ。私がこのバニラ・ビーンズを買わずにいられなくなったのは、テンプテーション(誘惑)の効果にやられてしまったからかな?」


 一度ため息をついてから、ポケットの中からバニラを入れた小瓶を取り出す。


 今更になって無駄な散財をしてしまったような気分になっている。


「まぁいいや。もう買っちゃったし……。何か作ってみよ」


 自室に戻れば、ベッドの上でアジ・ダハーカが気持ち良さそうに寝ていた。

 気の抜けたその姿にニタリと笑い、にじり寄る。


「アジさん。ウォッカです。ウォッカを出すのです」


 耳元にコショコショ囁くと、アジ・ダハーカは夢うつつに「うむうむ」と言い、コロンと酒瓶を出してくれた。

 彼は【無限収納】という能力で、ありとあらゆる物を亜空間に納めている。特に酒類の充実ぶりたるや、その辺の酒屋以上だろう。


 ステラは相棒が出してくれた無骨な瓶に満足する。

 量が半分以下まで減ってしまっているが、この位あればなんとかなるだろう。

 瓶をムンズと掴み、デスクに座る。


 引き出しの中から出すのはキャンディドロップの缶やフラスコ、ろ過装置等。

 どれもこれもマジックアイテム作りに必要な物だ。


 まずはウォッカを特殊な溶液にしたい。

 フラスコにウォッカを注ぎ入れてから、キャンディの缶から銀色のウロコを一枚手の平に落とす。


 実はこのウロコはアジ・ダハーカのモノだったりする。一緒に生活している中でその辺に撒き散らされるソレ等をチマチマと拾い、大事に保管している。

 何故かというと、この小さきドラゴンのウロコには、魔法の源とも言うべきパワー__エーテルが凝縮していて、捨てるには勿体無いからだ。


 ステラは手の平に集中し、アビリティを発動させる。


(【エーテル抽出】)


 ウロコの内部から、エーテルが空気中に流れ出す。

 それが霧散しないように一箇所にまとめ、空いている手でフラスコを持ち上げる。

 次に使うアビリティは、【エーテル抽出】とセットみたいなものだ。二つ使うだけで、ステラのMPの四分の一が吹き飛ぶ。


(【エーテル添加】!)


 フラスコの中のウォッカがボコボコと泡立ち、銀色に染まる。

 これで、ウォッカにはエーテルの力が加わった。

 素材の力を限界まで引き出す効果が生まれたと考えていいだろう。


 ステラはバニラ・ド・シルフィードが入った小瓶を持ち上げ、生産魔法【分解】を使用する。粒子状になったバニラビーンズをフラスコの中に入れた後に使う魔法は【融合】だ。

 フラスコの外周に魔法陣が展開される。

 

「うぅ……」


 直ぐには混ざり合わない。

 おそらく溶液にも、バニラにも、特殊が力が篭っているから反発しあっているんだろう。

 時間の経過と共にゴリゴリとMPが削られていく。

 何度か激しくスパークした後、フラスコ全体から澄んだ緑の光が溢れ出した。

 成功したと考えて良さそうだ。


「ふぅ……。今のでMPの半分くらい持っていかれちゃった。今日は分析魔法でこれの効果を調べるのはきついかも」

「おい」


 ベッドの方からかけられた声にハッとする。

 慌てて振り返ると、小さなドラゴンがベッドの上にチョコンと腰掛け、鋭い目つきでこちらを見ていた。


「お主。儂のウォッカを勝手に使っただろう!」

「……先ほどアジさんが快く差し出してくれました……よ?」


 ニヘラっと笑うステラの頭に、アジ・ダハーカの体当たりが決まる。


「うぐぅ」


 あまりの衝撃に机に突っ伏すステラである。


「寝込みを狙う等、悪党と変わらんぞ! そこになおれ!! こってり絞ってやる!」

「ヒェェエエ……。ごべなざいぃぃ……」

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