多勢に無勢

 クラスメイトの男子が片手を上空に向け、メジャーな攻撃魔法の一つ【光焔こうえん】を打ち上げた。

 こちらに向けてこないのは、おそらく彼を操る何者かに合図を送る為なんだろう。

 ステラは「はふぅ……」と言いながら、昼間売店で売れ残ったポーションを取り出す。

 そして、攻撃魔法【疾風】で左手に突風を巻き起こした。


 記憶が正しければ、向こうのVIT(防御力を示す数値)は250を超えていたはず。ステラのINT(攻撃魔法威力を示す数値)では相手にとってそれ程の脅威にならないだろう。

 しかし、組み合わせ方しだいで、状況は変えられる。


 小瓶を逆さにし、落ちてきた液体に風の矢を放つ。


「いっけー! なのです!」

「そんなもん効くかよ! 【凸土でこど】!」


 クラスメイトが叫ぶと共に、地面が盛り上がり、土の壁が出来上がる。

 その上部にステラの風が激しくぶつかり、壁はグッショリと濡れた。


「【効能反転】!」


 ステラはポーションの効果を操作した。

 通常であれば、ポーションは傷を癒すアイテムだ。しかし効果が逆転したそれは、ジクジクと土壁を溶かし始める。

 壁の向こうから悲痛な声から聞こえるので、おそらくポーションの飛沫をクラスメイトも浴びていたんだろう。


「効果が変わった……? 事前の調査ではそんな情報はなかったのだがな」


 第三者の声だ。

 気のせいかもしれないが、ブリックルの声質に似ている。


 壁が崩れ、向こう側の様子が明らかになると、さっきよりも人数が増えていた。

 しかも、どれもこれも見覚えのある顔ぶれときている。


「ステラよ。クラスの奴等ばかりだな」

「むむぅ……。ブリックル先生も居ます。もしかして私達リンチされるんでしょうか?」

「なるほど。大胆な教師だ」


 こちらはステラとアジ・ダハーカしか居ないのに対し、向こうはブリックル先生を始め、クラスメイトが8人も居る。

 マジマジと彼等の様子を観察してみれば、クラスメイト達は目全体を紅く染めている。ブリックル先生に操られているんだろうか。


「魔法学校の生徒を8人も操れるなんて、驚きなんですっ」

「雑魚を使役するなど、造作もない事だ。お前とて例外ではないのだぞ。ステラ・マクスウェル!」

「ふむふむ」

「今からお前を私のペットにしてやる。ジェレミー・マクスウェルの前でお前にドッグフードを食わせて見せたら、どう思うかな?」

「……犬のエサよりもお菓子が良いです」

「ほざけ! 【強制調教】!」


 ブリックル先生はこちらに手をかざし、彼のビーストテイマーとしてのアビリティを使用した。

 しかし、ステラもアジ・ダハーカもそれを脅威に感じられず、ボケッと見守る。

 何故なら、それが二人に効果を発しないのが分かるからである。


 確かに何らかの力が身体の自由を奪おうとするのは感じるけれど、数秒でスッと楽になる。

 そう。ステラは状態異常にはならない。

 先ほどエルシィがくれた首飾りが、効果を無効にしてくれている。


 アジ・ダハーカの方も、従属系魔法に対しては強力な耐性を持っているため、その手の魔法は大体効かない。


 ケロっとして立つステラ達に、ブリックル先生は焦り出したようで、「【強制調教】!」と繰り返し叫ぶ。それを冷ややかに見つめていたアジ・ダハーカがステラに話しかけてきた。


「ステラよ。お主のクラスメイト共をどうしたものか」

「ん?」


 どうやらアジ・ダハーカはクラスメイト達に気を遣い過ぎるがあまり、手を出しあぐねていたようだ。

 その気持ちはステラにもある。でも、ちょっと腹がたってもいたりする。

 いくら首謀者が元魔法省勤めの教師だとしても、多数の人間から襲撃されるのは好ましくない。

 言い方を変えれば、割とムカついている。

 多少痛めつけるくらいなら許されるんじゃなかろうか。


「うーん……。命さえあればポーション漬けにして、元通りになりますよね。ってことは、派手にやってしまっても……許される?」

「ならば、ひと暴れするとしよう」

「何をゴチャゴチャと! 【命令系統統一】! お前達、アイツ等を痛めつけてやるのだ! もう学校には来たくないと思わす程にな!」


 ステラ達の会話に煽られたのか、ブリックル先生は調教を諦めたようで、クラスメイト達に攻撃を命じた。

 即座に反応した生徒達は、それぞれの武器から攻撃魔法を使用する。

 しかし、それらは全てアジ・ダハーカが張ったシールドに阻まれ、ステラの1m程手前で花火にも似た閃光に変わるだけだ。


「わぁ! 火花綺麗!! 私も攻撃魔法を使うですっ」


 ステラは再び【疾風】の風を手の平に呼び起こし、クラスメイト達に向かって放った。

 すると、クラスメイト達のうち、二人があり得ない程後方に吹っ飛ぶ。運良くクリティカル(実力よりも威力が高くなる効果)になったようである。


 チラリと上空を見やれば、アジ・ダハーカがブリックルの魔法【光焔】を吸収し、自らの力として放出していた。

 敵対する者達の中では、一番強いであろう先生は彼に任せていれば良さそうだ。


 少し余裕を感じ始めたステラは、唐突に良いことを閃き、ポムッと手を打ち鳴らした。

 朝、飼育小屋で新アイテムを実験しそびれたのを思い出したのだ。


「実験台は人間でもいいような気がしてきましたっ! むふふ~」


 ベルトのホルダーから新薬の小瓶を取り外し、蓋を開ける。

 素晴らしいバニラの香りが漂う。

 右手に再び【疾風】の風を発生させると、不思議なことが起きた。手の中の風が小さなつむじ風のようになり、みるみる人の形になっていくのだ。これは、マクスウェルの専門書で見た存在に似ているかもしれない……。


「もしかして、シルフィード?」

 

 

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