第8話 偵察

 リヴラーガから海を挟んだ北の大陸では、ソラスタジア軍防空部門が夜間の監視任務中に、軍用無線の激しいやり取りを捉えていた。

 それにより、洋上においてリヴラーガ軍部隊の大きな動きがあったと判断した。かつて例をみない事態だったため、夜中であるにもかかわらず国防委員会の臨時会議が招集された。未明にはティテーノ部隊の派遣が決定されたのだった。

 これにより、ティテーノ乗りとしては右に出るものがいないほど、優秀なパイロットであるアカシンガ・ガネット大佐率いる精鋭が現場へ向かうこととなった。


 空がやっと白みはじめた早朝であった。係留索で固定され、屋外に直立する四機のティテーノは、表面にうっすらと結露をまといまじめていた。


 工兵たちが出撃前の最終点検のために、忙しそうに周囲を動き回っていた。


 部隊の長であるアカシンガ・ガネット大佐のもとには三人の部下がいた。

 先制攻撃が得意技のスパーダ・べスぺ、遠方ロケット射撃が優秀なソラスタジア初の女性パイロットであるブクリエ・シュムカ、いざというに時は部隊の盾になることをいとわないカンノーネ・チャフィー。

 訓練も実戦も、ともに長きに渡って過ごしてきた四人は、命令を受けると素早く身なりを整えて集合した。


 基地の司令官は四人に向かって言った。

「未明夜、洋上においてリヴラーガ軍の大規模な動きあった。何らかの戦闘とも考えられる。リヴラーガ軍の交戦相手は不明。これまでにない、きわめて異常な事態と思われる。君達は現地での状況を把握し、情報を持ち帰るように!」


 四人は敬礼でそれに答えると、素早い身のこなしでティテーノに登り、操縦席へ乗り込んだ。

 彼らが洋上に飛び立ち、ソラスタジアの大陸が水平線の向こう側に消えてしまうころには、すでに日は昇り、洋上はすっかり明るくなっていた。

「いったい、何が起きてるというんだか」チャフィーがぼやくようにつぶやいた。

「それを確かめるのが、今回の任務だ。偵察だからと言って気を抜くな!」

「了解です」


 最初に気が付いたのはガネット大佐であった。

「前方に何か見える。なんだ? あれは、飛行物体と思わるが」

 その遠くに見えた黒く小さな点は、あっという間に大きくなった。

「分かりません! 大佐殿、恐ろしい早さで飛んで来ます!」

 彼らが対応する暇も無く、あっという間に横を通り過ぎた。ティテーノのコックピット内にいても、その物体が空気を切り裂くようにして飛んでいるのが感じられた。


 直後、無線になにやら呼びかけがあった。明らかに、リヴラーガ軍のものと様子が異なっていた。それに、内容は理解不能だった。

「こちらはソラスタジア軍。私はアカシンガ・ガネット大佐だ。そちらは何者であるか?」

 大佐は続けて、リヴラーガ語でも同じ文言を繰り返した。しかし、明確な返答はなかった。それに相手の無線の言葉は、さっぱり意味が分からなった。

「何なんだ? だが、無線はどう聞いてもリヴラーガ軍のものとも思えないが。暗号か?」

「いいえ、暗号とも思えないわ。これまで聞いたこともないものよ」

「大佐、物体は旋回して、こちらに戻ってきます!」

「落ち着け! 戦闘態勢に移る」

 四人は即座に構えたが、かなわなかった。

「ダメです!」べスぺの声は上ずっていた。「動きが早すぎて照準が合わせられません!」

「なんてことだ」

 しかし、飛行物体は攻撃をすることもなく何度かあたりを旋回したのちに、再び元来た方向へと飛び去っていった。

「行ってしまいましたね」

「ああ、」大佐いは深呼吸をして呼吸を整えた。「それより君らは、どう思う? あれは偵察か? それとも、何かの警告だろうか?」

「警告にしちゃ、どこか不自然にも思いますけど」

「では、偵察か?」

「どちらかと言うと、相手はこちらの出方を伺っていたようにも感じたわ」

「うむ」

 大佐は束の間考え込んだ。

「どうやら……我々は、これまでにない、未知の存在を相手にしていると考えた方がよさそうだ。いずれにしても、我々の目的はリヴラーガ軍が交戦したと思われる相手の存在、おそらくは船団。それを直接確認することだ。不用意なことはしない」

「了解」「了解したわ」「了解です」


 ガネット大佐はいつものようにふるまっていたが、初めて実戦に赴いたときよりも、緊張と、わずかな恐怖を感じていた。


 それから四人は、洋上を飛び続けた。

「にしても、仮にあの飛行物体が正体不明の船団から来たとしても、お互いが見えない位置にいるのに、どうやって見つけたのでしょう?」

「なんとも言えん。あるいは速さと同様、恐ろしいほどの高さを飛んでいたに違いない」

「それにしても、あのとてつもない速度。あれには人が乗っているのかしら?」

「分からない。仮に人が操縦しているとしたら、強靭な精神と体力の持ち主だろうさ」

「あるいは、人じゃないのかもしれませんぜ」

「どうだろうかね」

「それと、記録フィルムはきちんと撮れた気がしないわ」

「まあ、気にするな。私が撮影したとしても、同じことだっただろう」


 そうして水平線上に何やら船影が見えたとき、べスぺが声を上げた。

「船と思しきものが見えます!」

「よし。相手はリヴラーガ軍と互角に、あるいはそれ以上で戦う存在と予想される。臨戦態勢で慎重に行く」

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