第7話 権力者

 早朝、帝国リヴラーガの国家元首官邸兼司令部の執務室では、軍総司令官にして国家最高指導者のドラッヘ・レベガーが、書類業務に忙殺されていた。

 そこには、昨晩の支配海域に突如として現れた、謎の船団に関する緊急報告書も含まれていた。すぐさま指示を出した奇襲攻撃の結果が上がってくるのを、心待ちにもしていた。

 そして、部下が訪れたことを示すベルが鳴る。


「構わん、入ってくれ!」


 執務室に入った部下は、書類を抱えて、浮かない表情をしていた。しかし、レベガーは手元の書類に視線を向けたままだった。

「例の船団は、どうなった?」

「それが……部隊は大打撃を受けました。壊滅状態です」

 その言葉に、レベガーは顔を上げた。

 部下の報告の、その唐突な内容に、自分は聞き間違いでもしたのか? という様子だった。

「何と言った? なんと、主力が壊滅状態だと?!」

「は、はい……」 

 そこで、レベガーが勢い良く立ち上がったので、机の上にあった書類の山の一つが崩れて辺りに散らかった。

「君は、何を、たわけたことを言っているのだ! 敵の主力が壊滅した、という間違いではないか?」

「いいえ! 被害を被ったのは、間違いなく我々の部隊です。その、偵察リーゼが船団を見つけた海域に向かった二つの大隊で、その中で帰還したリーゼは……たったの一機です。そのパイロットの話では、ほんど一瞬で味方が撃破されたということです。この記録もご覧ください。その状況が把握できるかと……」

「本当なのか?」

 レベガーは突然頭痛に襲われたともいうかのように、額に手を当てて唸った。

「だが、現場には船だけしかいなかったのではないのか? たかが、数隻の船に何ができるというのだ」

「それが、恐ろしい速さで飛行する小型の物体が、船から飛び立ったと。いずれにしても、まだ正確な情報がありあません」

「ほんとうか?」レベガーは再び驚愕の表情を浮かべた。「ソラの連中は超兵器でも開発したのか? そんな馬鹿なことがあるのか!」

「ですが、現在でも部隊が未帰還なのは事実です。それと無線通信の記録からすると、相手は我が方の、海中を進んでいたアイカラ隊もたやすく攻撃したようです」

「なに!? ということは、水中ロケットか? それは、我が軍でも開発に手間取っているのだぞ!」

「詳細は不明です。司令部の話によると、こちらも唐突に通信が途絶えたそうです。以降、呼びかけを続けていますが途絶したままだそうです」

「わかった、もういい」

 レベガーは怒りを通り越し、なかば放心状態になりかけていた。

「とにかく、もう一度海域を偵察させろ。船団の様子や、兵器の詳細を写真フィルムに収めて来い! さらに正確な情報を掴んで戻るように、偵察部隊に言え!」

「承知しました」

「それから予備のアイカラで部隊を編成させろ。今現在で最も優秀なパイロットを乗せるのだ。海に沈んだ残骸は、できるかぎり回収させろ。我が軍の兵器が、それが仮にスクラップ同然だとしても、相手の手に渡ることは避けるべきだ。それに、各機に使われている貴重なグラビトニウムも回収せよ!」

「はい、すぐさま手配します」

 それからレベガーは二、三の追加の指示を下し、部下は部屋を出て行った。


 レベガーは内心、気が気ではなかった。

 ソラスタジア同盟軍に対しては、これまで軍事的にはかなり優位にあると考えていたた。それに今回は、最新のリモートコントロール式ロケット爆弾も兵器として投入していたにも関わらず、いとも簡単に撃ち落とされてしまった。第一線の精鋭戦闘部隊は、事実上壊滅した。文字通り、一夜にして軍事的優位性が失われたのだった。

「おのれ、ソラの奴らめが……」

 彼は手元の報告書をくしゃくしゃにしながら、唸るようにして罵りの言葉をなんども呟いた。

「これは罠だったのだ。まんまと、してやられた。クソ!」


 現在までリヴラーガ軍の主力として、リーゼ五機編成が二個部隊存在していた。しかし帰還したのは一機のみ。つまり、九〇パーセントの主戦力消失ということであった。それに水陸両用型のアイカラ部隊も、手練れの乗員ともども失われてしまった。

 より正確には、まだリーゼ五機編成が一個部隊と、アイカラは予備機が三機存在している。ただ、ほかのパイロットは現在訓練を始めたばかりだった。


 現段階では、どう頑張っても動員できる戦闘部隊は、逃げ延びたリーゼと合わせて六機と、予備のアイカラ三機のみということだった。それで、敵方ソラスタジア軍のティテーノは現状把握する限りでは八機であった。数の上では、全面対決となったとしても、まだ勝機がないわけではなかった。それにリーゼの生産工場は、新工場での生産が始まったところで、無理をすれば数を揃えるのは不可能ではないと思われた。


「なんたるサマだ。兵器生産の問題は、無理をすれば解決は可能だ。だが、失った優秀なパイロットと同等なレベルの兵士を訓練するのは……」

 レベガーはハッとした表情になった。

「そうか、ソラの連中はそれが狙いだったのだ。卑怯な手段だ。我が方の部隊をおびき出し、新兵器を使って自分たちはティテーノで直接戦わずに撃ち落とした。そうか、そっちがその気なら、いずれこちらも相応の手段を取らざるをえなくなるぞ」


 レベガーは仕事を中断し、執務室隣にある小さな休憩室に入った。それから気を静めようと、置いてある長椅子に寝そべった。

「だが、そうだとしても、なぜだ? あれほど伝統と騎士道精神を重んじていたソラスタジアがこのような卑怯な手段を……」

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