第6話 孤独
ティミド・ブライギーセンは、目覚めたとき、もしかすると味方の基地の病院に収容されたのかと思った。
それほど、部屋の雰囲気は似ているように思えたのだった。
しかし、自身の手足がベッドに拘束されており、横を見ると、ソラスタジア人の風貌にそっくりな人物がいることが分かって、彼女の楽観は打ち砕かれた。そして、呆然となった。
きっと自分は、捕虜になってしまったのだ! と……
捕虜になった場合、何も喋るなと厳命されていた。せいぜい、訊かれた場合には名前と所属を答える程度のことだった。
しかし、相手のかけてきた言葉は、全く理解できなかった。
もちろん、ソラスタジアとリヴラーガでは言語が異なるが、兵士になるうえで基礎的なソラスタジア語の習得は必須であった。にもかかわらず、相手の言葉はまったく分からなった。彼女は沈黙するほかなかった。
頭を動かして自分の様子を見る。腕には包帯も巻かれていた。どうやら怪我の治療はしてもらえたようだった。
しばらくは、部屋に人が出入りしたりと、なんとなく騒がしかった。時折、医者はなにかガラス版のようなもに向かってしゃべっていたりした。何をしているのか、全く持って訳が分からなった。
それから落ち着くと、部屋の入り口には二人の兵士が立つだけだった。そのうち片方は女と分かった。言葉が分からずとも、その二人が自分の監視役を任されているであろうことは、ティミドにも容易に想像がついた。それからその服装は、彼女の知っているソラスタジア軍兵士のものとは、まったく異なるデザインだった。
むしろ、自分たちリヴラーガ軍のものに似ているとさえ思った。それから、武器は持っていないようにみえた。まがりなりにもソラスタジアの連中なら、普通は、たいそうな剣、あるいは鞭、長い槍を手していそうなものだった。そのようなものは、どこにも見られなかった。
ただ、その二人の腰に下げてある、小型の物体が気掛かりだった。どことなく拳銃を思わせたが、彼女の知っているものとは似ても似つかない形状だった。
二人の兵士を観察するのはやめて、自身に視線を落とした。最初はベッドにぎちぎちに拘束されていたが、今は手錠とチェーンに変わり、上半身を起こすことができて、多少は手足も動かせた。
ティミドはここで目が覚める前のことを思い起こした。
最後に聞いて覚えているのは、無線の雑音だった。味方は悲鳴を上げる暇すらなかった。先陣が一瞬にしてやれたとわかった時、おもわず彼女は敵に背を向けた——ただし、本人は分かっていないが、それが彼女の命を救うことになったのだが——のだ。
彼女は恐怖のあまり、逃亡しようとしたということだった。相手は、これまでのソラスタジアの連中とはとても思えなかった。あの戦闘は、無慈悲、虐殺以外のなにものでもないと思った。相手に背を向けて、直後に強い衝撃を受けたところまでは覚えていたが、そこから先は思い出せなかった。
いずれにせよ、自分は戦場から逃げようとしたうえ、乗っていたリーゼを失い、正体不明の連中に拘束されているというのは、恥辱以外の何物でもないであろう。
ただ、ここに来て疑問が芽生えた。ここで自分を拘束している連中と、部隊が戦った相手は同じ相手なのだろうかと……。仮にも、容赦なく攻撃をしてきた同じ相手ならば、自分がどうして生かされているのか、謎に思えた。
彼女はベッドに寝そべり、目をつぶった。これから自分がどうなるのか、予想もできなった。
再び、周囲が騒がしくなり、彼女はハッとして目を開け、上半身を起こした。
新たに、他と服装に違いのある二人組がやって来た。それを見た瞬間、思わず同胞の兵士かと思った。顔つきは似ているようみえた。だが、どう見ても服装に違いがあったし、なにより正体不明の連中と親し気に話していた。
しばらくして手錠が外され、彼らは認識票と服を返してきた。
そのときの思い付きで、彼女はサッと指を三本立てるジェスチャーを相手に突き付けてみせた。もし、同じリヴラーガ人なら、怒り出すか、冗談だと思って笑い出すかのどっちかのはずだった。それにソラスタジアの連中なら、あからさまな不快の表情を見せるはずである。
だが、そのどれでもなかった。相手はただただ呆然とするばかりで、ぽかんとした様子だった。さらに、出入口に立っている兵士の一人は、腰下げていたものを手にとって構えていた。やはり、彼女の予想したとおり、監視に立つ兵士の持ってるそれは、武器らしかった。ただ、それがどれほどの威力のものなのかは、分からなった。
ティミドはすぐに手を引っ込めて、相手の出方をうかがった。しかし、彼らはなにか言葉を少し交わしただけだった。彼女は認識票を首にかけ、腕を組んで、口をつぐんだまま憮然とした表情をするだけだった。
二人組は落ち着いたようすで、ベッドの近くに椅子を寄せて座った。それからティミドに向かって何か話しかけた。相変わらず、なにを言ってるのかは理解できなかった。二人は困ったような表情で顔を見合わせていた。
そのとき、彼女腹部が自身が空腹であることを知らせる盛大な音を鳴らした。彼女は恥ずかしさのあまり、顔を隠すように身を縮め、壁のほうを向いた。もうこれは、恥辱以外の何物でもなかった。
突然のことに相手はぽかんとしていたが、二人組の片方が状況を理解したように大笑いした。また、なにか言葉のやり取りが交わされた。
そうして、温かい食事が運ばれてくるのに、さほど時間はかからなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます