第3話 激震
部下の報告を聞いた朝永艦長は、怪訝そうな面持ちだった。
「嵐のせいで、艦隊全体に設備の異常が起きたのではないか?」
「再三確認をしましたが、あり得ません。見つかった不具合もいまのところ、応急も含めて修繕は完了しました」
「じゃあ、人工衛星の方に異常が起きたとでもいいたいのか? だが衛星は、一つだけじゃないだろう」
「それは……ですが、現に衛星とのリンクは復旧できていません」
「それでは、横須賀との連絡はどうなっているんだね?」
「こちらも応答がありません」
さすがの艦長も、事態が飲み込めないという表情になった。
「さすがに、おかしいではないか? 嵐の前までは通常通りだっただろう」
「はい」
「落雷のせいではないのか……」
「それから、原潜〈アリゾナ〉からの通信では、一帯の海域が浅すぎると連絡がありました」
「それはどいうことだね?」
「この付近一帯、海底までの深さが百メートルにも満たないそうです」
艦長は、いよいよ訳が分からないという顔になった。
「それは、それは一体……」
「まだ、詳細は上がってません。それにどうやら、アメリカ艦隊の方も情報が混乱しているようで、」
そのとき、別の声が上がって会話は中断させられた。
「レーダーに反応!」
時を同じくして、空母〈エンタープライズ〉のCDCでも同様であった。
「レーダーに反応。飛翔体がこちらに向かってきます! 時速約百ノット」
「飛翔体? それは飛行機か?」
ジェルマン指揮官はレーダー担当のそばに近づいて聞いた。
「それが、よくわかりません」
「分かないとは、どういうこと?」
「形状が……奇妙です。これまでに、見たこともありません」
「高度は?」
「およそ一七〇〇フィートです」
「かなり低空ね。民間の飛行機という可能性は?」
「はい」
ジェルマンは通信要員の方へ向いた。「海上自衛隊のほうでも、レーダーにとらえているか確認を取ってみてちょうだい」
「了解しました」
返事がもどってくると、またレーダーのほうへ向き直った。
「こちらに向かっているの?」
「真っすぐ飛んできています」
「通信の有無、応答は?」
「どの周波数でも、こちらからの呼びかけには応じていません」
「よし、偵察機のスクランブル発進」
「まさか、中国やロシアの航空機ではないでしょう」
飛行甲板での動きはアメリカの方がわずかに早かった。さすがは世界一の海軍であった。海上自衛隊からも負けじと偵察機や哨戒ヘリが飛び立った。
* * *
日米どちらの空母のCDCでも、あっけにとられた表情をしている者は少なくなかった。
偵察機から送らてくる映像には、控えめに言っても、みょうちきりんとでもいう表現が似合う物体が、その空を飛んでいるのが映っていたのだ。
「なんだ……あれは?」
暗灰色と黒の迷彩のような塗装を身にまとった、まるで超巨大な人型ロボットのようなものが飛行していた。
両腕をボクサーのように構えて、前のめりの格好だった。角は丸みがつけてあるものの全体的にいかついデザインで、おおよそ飛行に必要な流体力学のことなど、微塵も感じられない見た目だった。
さわには、その巨大ロボの胴体部や腕には。ミサイルらしきものが懸架されていた。
「こりゃ……まるで、パシフィックリムかなにかか? それともガンダムか?」
誰かがつぶやくように言った。
しかし、艦隊はすぐさま次の行動を開始した。
「各員、戦闘配置!!」
相手は、おそらく武装しているものと考えた。ただ、その飛行速度からして、撃墜するのは容易そうであった。が、フランクリン艦長も朝永艦長も、さすがに判断に迷った。
相手はまっすぐと、艦隊に向かってきていると思われた。ただ、近くを飛び続ける偵察機への攻撃の気配がないことや、一機だけということも鑑みて、最大限の警戒態勢を維持して相手の出方をうかがうことに決めた。
そしていよいよ、その巨大ロボは、艦橋から双眼鏡を使って見えるところまで近づいてきた。
その巨大ロボは、構えていた両腕をまっすぐに伸ばした。それから人間で例えるところの、二の腕あたりから何かが飛び出した。明らかにミサイルのようにみえた。
「飛行物体が飛翔体を発射、ミサイル発射だ! 二発!」
偵察機のパイロットはインカムに向かって叫んだ。
すでにそれは各艦のレーダーでも捉えていた。
「こちらに向かってきます!」
「およそ時速二百マイルで接近中!」
「RAMミサイル発射! CIWS射撃用意!」
明らかに小型ミサイルと思われる物体だったが、ただまっすぐに低速で飛んできただけであった。ほぼ一瞬のうちに防空ミサイルで撃墜された。
〈エンタープライズ〉のCDCでは撃墜成功に安堵と歓声がもれた。
「うすのろ野郎だな。俺たちを仕留められるとでも思ったのか?」
要員の一人は小声で呟いた。
「フランクリン艦長、これは明白な攻撃ではないでしょうか。飛行物体そのものを、撃墜すべきでは?」
しかし、フランクリン艦長としてもまだ判断に迷った。まがりにも見慣れた戦闘機や爆撃機というならともかく、見たこともないような物体で国籍も所属も不明となると、さすがにためらわれた。
「少なくとも、敵の素性が知りたいところだ」
そのときレーダー要員が叫んだ。
「二発、ミサイル来ます!」
再び二発のミサイルと思われる飛翔体が飛んできた。が、艦隊はそれもたやすく退けた。偵察機は相変わらず飛行物体の映像を撮り続けていた。
「相手は、こっちの偵察機を撃墜しようとも考えないみたいだ」
「ですが、相変わらず、呼びかけにも応答しません」
「いったいどうする気だ。まさか……カミカゼみたいに、」
そのとき偵察機からの通信が入った。
「飛行物体が進路を変更した模様」
「どこへ向かうつもりだ?」
「急速に、飛行の向きを……一八〇度、反転しました」
「逃げる気か?」
「ええ、元来た進路を戻る方向に向けたようです。追尾しますか?」
「ああ、こちらが指示を出すまで続けてくれ」
「了解」
巨大ロボットのような飛行物体は、そのまま艦隊から遠ざかっていき、偵察機には途中で艦へ戻るよう指示が出された。しばらくは艦隊のレーダーの視界に映っていたが、そのうちに消えていった。
艦隊は臨戦態勢を継続したが、日没になるまでは何事もなく過ぎていった。
しかし日没直後から、艦隊の乗員たちはさらに衝撃を受ける出来事を目の当たりにすることとなった。
日の入りとともに昇ってきた月は、はっきり言って異様だった。普段、見慣れているものよりも小さく、しかも三つも月が昇ってきたのだ。一つは黄色、もう一つは白に近い灰色、そして三つ目は、ぼんやりとした輪郭に青と緑と白のまだらな色をしていた。
「これは……いったい、どうなっているんだ?」
さらには、艦隊右舷側から見える、水平線の少し上あたりには、見かけが拳程度の大きさの、まるで木星を思わせるような模様をして、奇妙な明緑色に輝く星が昇ってきた。それから天上付近には、よく目を凝らすと天の川のような淡い光の帯があるのも見ることができた。
星座に詳しい乗組員は、知っている星座が夜空のどこにも見当たらないことに気が付いた。
アメリカ海軍も海上自衛隊も、夜空の様子を知った者はひどく妙な、不安になるような気分に陥った。階級や役割を問わず、各々が思い思いのことばを口にした。
「天文学に興味はないけどさ、俺だって、この夜空がおかしいことくらい分かるさ」
「まるで、コミックやSF映画の様相だ」
「もしやここは、地球外の惑星なのだろうか?」
「明らかに異常な夜空だ。ここは地球じゃないのかもしれない」
「マジかよ……これじゃ、俺たちリアル異世界転生じゃないか!!」
「もしかしたら、宇宙の方がおかしくなったのかも」
さらに、夜のとばりが完全に下りてしばらくすると、まるで見る者へ追い打ちをかけるように、上空に巨大なカーテンのような、揺らめく赤い光の帯が現れた。
「なんだ? ありゃ?」
艦橋に立っている航海士の一人が声を上げると、フランクリン艦長も窓に近寄って夜空を見上げた。
「これは……私は似たようなものを、北極圏で見たことがる。ずいぶん色が違うが」
「そうなのですか? 一体なんです?」
「おそらく、オーロラだ」
「そんな! あり得ませんよ。緯度からしてあり得ません。大規模な太陽嵐が発生したならまだしも……」
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