第4話 戦闘

 異常な事態を目の当たりにして、束の間、乗組員たちの間にはちょっとした混乱が起きた。が、規律と日ごろの訓練がものを言った。夕食の時刻を過ぎた頃には、彼らは気を落ち着け、艦隊はそれなりの冷静さを取り戻した。


 フランクリン艦長は全員に向けて、艦内放送を行なった。

「諸君、君たちの中には現在の状況がどいうことか、多くのことに気づいている者もいることだろう。そうでない者も、落ち着いて聞いてほしい。それから、つい先ほど正体不明の敵と遭遇して戦闘となったが、当艦隊も、海上自衛隊の艦隊ともども、装備や人的な面において被害はゼロだった。まずは皆の健闘を称える。

 さて、今夜は晴天で、さきほど私も夜空を直接この目で見た。ほんとうであれば満月がみえるはずだが……一言で言うと、異様な夜空だった。天文学者がいたのなら、大喜びかもしれないがね」

 艦内では笑いが起きた。

「それで……これがどういうことか? 現段階では推測でしかないが、我々は地球以外の惑星の海上にいるものと考えられる。こうした事態に遭遇したのは、なぜなのか? それについて、まだ判断できる材料はない」

 艦長は次の言葉を考えるかのように少し、間をおいて続けた。

「しかし諸君、我々は決してあきらめることはしない。合衆国海軍の誇りにかけて。敵があらわれればそれを退け、必ず帰還を果たす! 各員心づもりで持ち場の仕事に励んでほしい。もし、現状に対して、なにか意見がある者がいれば、直接私のところに来てもらいたい。階級は問わず、話を聞こう。ひとまずは以上だ」

 そして海上自衛隊でも、同様の内容が、朝永艦長自らの言葉で語られた。


 だが、夜中を過ぎるころ、またしても事態は急展開を迎えた。艦のレーダーが何かを捉えたのだ。

「レーダーに五機の飛行物体!」

「ソナーに反応。海中からも何か接近しています。しかし、潜水艦とは似てもつかない形状です。数は三」

「飛行してるのは、昼間に見たものか?」

「おそらく、形状はそのように思います」

「総員戦闘配置!」


 全艦に警報が響き渡り、休息につこうとしていた非番の乗員まで、全員が飛び起きる羽目になった。


 CDCの要員はほとんどが交代していたが、艦長のフランクリンは事態把握のために休息を惜しんで訪れていた。

「無線の呼びかけには、応じているか?」

「いいえ」

 相手の行動の真意を読み取るのが困難なために、昼間と同様、ギリギリまで引き寄せることにした。

 レーダー要員が声を上げた。

「飛行物体から飛翔体多数! ミサイルと思われます」

「迎撃用意!」

 CDCの指揮官は艦長の方を向いた。

「きっと、昼間のは偵察だったのでしょう。こうなったら、敵そのものを迎撃するしかないかと思われます。これ以上近づけるわけには、危険すぎます」

「うむ……では、撃墜命令を出す」


 敵からはさらに続けて、ミサイルと思わしき飛翔体が発射されたが、昼間と同様、いとも容易く撃墜できるものだった。

 いっぽうで、超大型ロボットのような飛行物体は、対空兵器を持っていないのか、たまたま装備していなかったのか、とにかく容易く日米の艦載機によって撃墜された。

 海中を進んでくる物体も、回避のそぶりもみせないで魚雷をまともに食らい、ソナーから消失した。

「海中ソナー、敵影は消滅!」

 指揮官はため息をついた。

「終わりか?」

「対空レーダー、第二波と思われる機影をとらえてます。同じく五機。到達まで約二〇分」

「次は高高度から来ると思われます。ですが、戦闘機で容易に撃墜できるでしょう」

 フランクリン艦長もさすがに、顔に疲労の色を隠せなった。

「ああ。ただ……相手が少しかわいそうだな。簡単に撃ち落とせるのは結構だが」


 二隻の空母は迎撃態勢をとった。が、敵の第二波も日米の部隊にかなうものではなかった。敵方は急降下爆撃でもするような素振りで、奮闘している様子だったが即座に撃墜された。ほとんど一瞬の出来事だった。

 敵の一機は、早々に反転して海域から離脱しようとしていた。

「追撃させますか?」

「いや、帰還させてくれ」

 帰投の指示を受けた戦闘機のパイロットは「逃がしていいんですか?」と聞き返してきた。

 逃げる相手も、相変わらず容易に追いつける速度だった。

「ああ、帰還したまえ。追撃は行なわない」

「了解!」


 それからしばらくの間、艦隊は戦場となった海域を周回した。


 艦からのサーチライトの明かりが、闇の中を舞う。

「あれがもし有人の兵器なら、海上に生存者がいるかもしれない。それに、残骸から何か相手方の情報が得られる可能性もある」

 しかし、あっという間に海に没してしまったのか、海上にはそれらしい残骸はなかなか見つからなった。

 海中ソナーでは海底に沈んだと思われる物体を捕らえたが、サルベージ船もない状況では、引き揚げることもままならなかった。

 もっとも、海が穏やかとしても、夜間とあっては海上に浮かんでいるものを見つけるのは難しいことに変わりはなかった。だからそれは、幸運としか言いようがなかった。発見したのはアメリカ軍の方が先だった。

「おい、今なにか浮いてるのが見えたぞ」

「どこだ?」

「あそこだ!」


 サーチライトが一点を照らした。

「人だ! 人が浮いているぞ!」


 まったくの偶然か、運命のいたずらによるものか、海上に浮かんでいる人らしきものを見つけたのだった。その人物は救命胴衣のようなものを身に着けて、気を失ったように浮かんでいた。すぐさまボートが降ろされた。


 引き上げにかかったアメリカ兵たちは驚きの声を上げた。

「なんだ!? 日本人かと思ったぜ。アジア系みたいな顔してるな」

 作業着のような灰色のツナギ服姿で、短く刈り上げた頭髪。やや浅黒い肌の色をした小柄な男のようだった。もっとも、アメリカ人から見た感覚であって、日本人からするとその体格は平均より上だった。まさか死んでいるか? と思われたが、息をしていた。やはり、気を失っているだけのようであった。

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