知識の館 2
トワが中に入ると、ユイが彼の腕に絡みついた。そして、周囲を取り巻く仮想画面が切り替わり、数を増やし、その配置を変えていく。
映されている映像はどれも、トワの中にある過去の記憶であった。高校だけではない。中学や、小学校、大学時代のもの混ざっている。
「僕の記憶を読み取ったね」隣に立つユイへ言う。
しかし、彼女は首を振った。「違う。読み取ったのではなくて、キミが連想したモノをキミ地震が描画しているんだよ。
そもそも、社会インプラントは記憶へのアクセスが禁じられているでしょう? だから、書き換え改竄なんてことは出来ない。でも、連想したものを表示させることは出来る。ここはそうやってできた、キミの世界だよ」
ユイの説明を聞いてトワは納得する。「やはり、ここは現実のものではなかったんだね」
「この技術の実現には苦労したよ。記憶を想起させるのに必要な刺激、それも法に触れない手法ね。想起させた記憶を読み取って描画する」ユイがそれまでの苦労を吐き出すように言った。「ただ、その世界を自由に生きる為には、想像以上のナノマシンが必要だったけどね」
最後の言葉に、トワは反応した。「その言い方だと、僕は電霊になったのかな?」
ユイは頷いた。「正直、知識を入れすぎ。ミーハーだからって限度はあるでしょう? 何が、限度は考えているって、これじゃ酒の強さは自覚しているから、とか言って自滅する酒好きと同じじゃない」
ユイは——スミレは——トワのやっていたことに怒っているのだろう。実際、トワは色々な学習型インプラントを試したから、彼女の言葉を否定することはできない。
気付かないうちに電霊になっている。
あのときのスミレの指摘は、実際には正しかった。
「わかったよ」トワは言った。そして、彼女を腕から離し、正面から彼女を見つめる。「それで、ユイは一体何者なんだ? 君は人間なのか?」
ユイは困ったように首を傾げる。顎に手を当て、どう説明するべきか考えている素振りを見せる。しばらく考え、ユイが口を開く。
「一般にいう、人間ではないと思う。なんというか、君の妄想が生み出した空想上の人格。端的に言ってしまえば、キミの性癖の塊だよ」
目の前にいる少女から自分はキミの性癖の塊だよ、と告白されたトワはどういう表情をすれば良いのか分からなかった。ただ、「おぅ……そうか……」という中途半端な返ししかできなかった。
「それなら、どうしてユイが本来スミレが居るべき場所に居るんだい?」
気を取り直してトワが尋ねると、「わたしがそれを望んだから」とユイが率直に答えた。
いや、その声の主はユイではなく、スミレであった。「あなたの作った人格に、キミの記憶をベースに作ったわたしの記憶を取り込んで、ひとつの人物として、この世界に配置してみたの。主に、仮想世界を監視する人物としてね」
ユイが手を動かすと、周囲の仮想モニターが動き、画面表示が変わる。ありとあらゆる世界が映し出され、そこで暮らす人々の様子が映し出された。
トワの知る場所もあれば、全く知らないファンタジーのような世界を生きる者も居た。
それらを眺め、トワはユイに尋ねる。「これが知識の館で実現した、魂の解放なのかい?」
「違う」ユイは首を振った。「これは知識の館そのもの。あなたも含めて」
「え?」トワは変な声を出してしまった。
ユイは微笑む。「わたしは知識の館を管理人。特に、何もするわけでもなく、この世界の維持を任されているだけ。時折、こうして知識の館にも入るけどね」
そのとき、周囲に展開していた仮想画面がトワを包み込む。それらがブラックアウトしていき、トワの視界は塞がれる。何もない、暗がりの中で確かに彼女の声は聞こえた。
「そして、あなたは知識の館のひとり」
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