出会いはいつ?

 翌朝。黒く重たい雲が一面を覆っていた。陽が登っているにもかかわらず、人工の灯が道を照らす。トワは傘をさし,バスを待っていた。

 バス停にはトワの他にバスを待つ者はいない。

 傘が雨を弾く音、海面に当たる雨の音、水溜りの水を弾く車の音。雨の日は音に満ちているな、とトワはつくづく考える。

 傘をズラし、遠くに見える鳩森図書館を眺める。

 結局、手がかりらしいものを得ることは出来なかった。

 

『なぁ、少年。あの後輩は、本当に人間なのだろうか?』


 昨日のアヤの言葉が気になって、トワはまともに眠ることができなかった。睡眠が不十分で、今もまともに頭が回っているとは言えない。大きな欠伸をした。

 アヤは終始、ユイのことを疑っていた。

 実際、トワが弾かれたセキュリティに掛かることなく、あの門を開けたのだ。普通なら、彼女を疑うべきであろう。しかし、トワはどうしても彼女を疑うことができない。

 どちらかと言えば、何事もなく独りであの廃墟を探索したアヤの方が怪しいように思えた。

 彼女のことを知っているからこそ、少し記憶と違う彼女が不自然に思えた。だからといって、直接アヤに対して、「あなたの方こそ人間ですか?」などと言える訳もなく、トワは独りで悩みを抱えた。

 いっそのこと、この世界の全て仮想のものであればどれだけ楽であっただろうか、トワは思う。この世界がトワの記憶が生み出した仮想のモノであるなら、アヤもユイも人ではないと結論づけたところで大した問題にはならない。

 それらは本当は存在しないのだから。

 実際、全てがトワの記憶を元に作られた、仮想世界であれば、ないモノがそこにあっても納得できる。たとえ、他が機械的に感じても、それはトワが無関心過ぎてしっかりとしたシミュレートが出来ていないだけのこと。

 彼の記憶に張り付くアヤとユイは、その人格をシミュレートしていた。しかし、アヤはもう一人のユイを異質に感じていた。それは単に、ナノマシンのシミュレートが不十分であったからか。それとも、別の要因があるのだろうか。

 こういうとき、スミレが居れば、少しは悩みが解消されたのだろうか。

 ふと、雨音が止む不思議な感覚がトワを襲った。あるはずの音が消え、彼の思考が急速に活性化する感覚、眠気が跳び、トワの中のモノが全力で記憶を手繰り寄せる。

 音が戻り、世界が再び動き出すとき、トワはある疑問に至った。


——スミレとの出会いはいつだっただろうか?——

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