夜道

「あっ……わたしはこちらなので」バス停へと下る途中でトワはユイと別れた。道中、ユイとアヤはひと言も言葉を発さなかった。単純な疲れもあるだろうが、お互いがお互いを嫌っているようにトワには感じられた。


——こんなに仲、悪かったかな?


 不意にトワは疑問に思った。お互いに紙書籍を愛する者同士、本来の彼の記憶では非常に仲が良かったように覚えている。

 何か、が決定的にトワの高校時代と異なっている。

 それは、鳩森図書館でもなく、彼が5年分の記憶を持っていることでもなく、最も大切な何かが異なっているのではないか、とトワは思った。

「なんだか、今日の先輩おかしいですよ」トワは隣を歩くアヤに声を掛けた。

「やはり、少年もそう思うか?」アヤがすぐに答えた。「珍しく、感情的になってしまったようだ」

 珍しく、と彼女は言った。実際、アヤが感情を表に出すことは珍しい。それどころか、トワはそのようなときをみたことがないような気がする。

「そんなにユイのことが嫌いですか?」トワは尋ねた。

 彼女は少しばかり考えた。「私は、彼女のことが嫌いなのだろうか?」アヤは自問するように呟いた。「今日のは、初対面の人にするべきでない態度なのは分かっている……ただ、どこか不気味に感じる」

「不気味?」トワは問い返した。

 アヤは足を止めた。「なんというか……私には彼女がつくりモノのように感じられる」

 つくりモノ——アヤの言い回しにトワは引っかかった。

「単純に、先輩が人嫌いなだけじゃないですか?」トワは引っ掛かりを捨て、揶揄うように彼女に言い返した。

 彼の言葉にアヤは笑った。「確かに。少年の言う通り、私は極度の人見知りかつコミュニケーションを得意としない。実際、クラスメイトにも友達と呼べる人は居ないからな」それを堂々と言うあたり、アヤという人物だ。「別に、私に友達が少ないのは、単に私のコミュニケーション能力が低いと言うわけではなく、クラスの奴らがどこか創り者の様に、形式だったやりとりをするからに他ならない。皆、電脳で得た知識をベースに他者との繋がりを構築する。私には、それがどことなく、人間的でなく機械的に思える。

 だが……あの後輩は、彼らとは違う意味で人の様には感じられないんだ」

 陽が沈み、自然と街灯が灯る。機械的な光の下、トワはあやの言葉をゆっくりと咀嚼する。

 つくりモノ……と、彼女は言う。しかし、トワにはユイがとても自然体のユイに感じられる。それは、トワの知るユイだからだろう。彼の中にあるユイという人物像に、そのユイという人物は狂いがないのだ。

 その様な条件下で、彼女に違和感をもてようものか。

「僕には、とても自然体に見えますよ」トワは言った。アヤがそれをつくりモノというのであれば、トワにとってはむしろ——「正直、今の先輩の方がおかしい……というより、どこか僕の知っている先輩でないように思います」

 果たして、それをつくりモノと表現して良かったのか、トワには分からなかった。だから、彼は別の言葉を選んだ。

 アヤは納得したように肯く。「なるほど……少年には、そのように見えているのか」

「先輩の言う、つくりモノってどういう意味ですか?」トワは彼女に尋ねた。

「機械的、というと誤解を招きそうだからな……そうだな、どこか彼女のことを、本能的にあるいは直感的に、異質と、私は思っているのだろう」アヤが答えた。そして、彼女は続けた。


「なぁ、少年。あの後輩は、本当に人間なのだろうか?」


 アヤは再び歩き始めた。

「人間じゃなかったら、なんだって言うんですか?」それを追いかけながらトワは言った。「どうみても人間じゃないですか」

「前に少年が言っていたではないか、『僕が本当に人間だって言えるのか』と。それと同じことではないのか」

 先程までより、アヤの歩く速度は少しばかし速くなっている。トワはどうにか彼女に追いつきながら言った。「確かに言いましたが、それとどういう関係があるんですか?」

 アヤは振り返った。人工の灯りが彼女の顔を照らす。「口で説明するのは難しいが、私の中に、私の思う人間という尺度ははっきりとある。少なくとも、少年は私の中では人間に分類されるよ」

「尺度って……そもそも、その話つい最近したばかりですよね」トワは問い詰めるように言った。

「逆に問うが、少年は見た目で人と判断するのか?」アヤが言った。「自動的に定まった動作を返すだけであれば、機械でもできる。それでも、見た目が人であれば、少年はそれを人と判断するのか。

 そうではないだろう? そして逆もまた、あるはずだ。見た目が人間だからと言って、中身もそうであるとは考えられない」

「先輩は何が言いたいんですか?」正直、トワにはアヤの言いたいことが見えてこなかった。勝手に彼女の世界へ引きずり込まれ、彼女の考える理想の人間像を押しつけられようとしている。少なくとも、トワにはそのように感じられた。

 アヤも自身が少し向きになっていることに気がついたのか、小さい咳払いを挟む。

「インプラント技術に頼るということは、機械と同質化するということだ。その身を機械に委ね、機械と共生することを意味する。

 だが、一部の人は機械を過信して、機械の示す通りに動く者がいるだろう? 何かを訊かれれば、電脳に尋ね、即答する。だが、実際にその人が電脳へアクセスしたか、なんてのは私たちからは分からないのだから、勝手にその人の知性であるように思えてしまう。

 機械的な人というのは、常に機械を頼り、機械に依存して、機械の望む理想の応答をする人のことだよ。そういう意味では、私のクラスメイトは皆、機械的な人といえる。他人の顔色を気にして、それが悪くならないように、電脳の中にある知識へ頼る。醜くて仕方がないよ。

 でも、あの後輩はそれとは違う。機械的でない、が同時に人間的とも言い難い」

 アヤは一気に話きった。

 それが、彼女のいう異質な存在、つくりモノということなのだろうか。トワは考えた。機械的でない、彼女の所作とは何だろうか、対して彼女のいう機械的な所作はあったのか、とも同時に考える。

「機械的でないなら、人間とは言えないんですか?」トワは尋ねた。人間という曖昧なものを考えるなら、はっきりと機械的であるもの以外、と括ってしまってよいだろう。

 アヤは首を振った。「それでは、人間的な機械、を人間と捉えてしまう恐れがある。人間に近すぎる機械も、今後は考えていかなくてはならない」

「つまり、ユイは人間に近すぎる機械、って言いたいんですか? いくらなんでも、言い掛かりにも程がありますよ」トワは呆れたように言った。しかし、アヤはトワの発言を否定しなかった。

 気が付けば、トワの自宅前まで辿り着いていた。アヤは玄関先に置いていった鞄を取った。「すぐにとは言わない」別れ際に、アヤが言った。「そのうち、少年の意見を訊かせてくれ。人とは何なのか、とね。

 今の私やあの後輩が人と言えるのか、についても」

 トワは肩を落とし、小さく溜め息を吐いて「考えておきます」と答えた。

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