鳩森図書館 4
正直、図書館はどのフロアも基本的な構造は変わらないように感じた。1階を探索していないが、2階と3階の構造から大体予想ができた。
棚の配置やレイアウトが微妙に異なるだけで、全て棚とその間を通路があるのみ。あとは、壁沿いや通路の一角に設けられた椅子なり、ソファなり、図書館を利用したとがないトワでも、そこが閲覧スペースであることは容易に想像できた。
2階と3階の大きな違いは、古い計算機が置かれていたことだろう。ユイが「パソコンがありますね」と近くまで、トワはそれの存在に気が付かなかった。
ユイがパソコンと呼ぶ機械は、四角い画面とボタンが無数に並ぶ板で構成されていた。似たような物をトワは大学で使用したことがある。それまで、トワはパソコンは教科書の中の存在であった。しかし、最先端の研究施設では、インプラント技術が間に合っておらず、外部端末に頼るという。トワも大学の卒業研究で使った程度の経験しかない。
トワは恐る恐るボタンに触れてみる。しかし、計算機は何の反応も示さない。ユイに尋ねた。「ユイはこれを使った経験はあるの?」
「ない、と言ったら嘘になりますね」彼女は遠回しに答えた。「大都市に行くとジャンク屋があるんですよ。そう言うところに、置いてあるんです」
ユイの意外な経験にトワは驚いた。しかし、図書館を利用したことのある彼女なら、パソコンに触れていても不思議ではなかった。
「そっか」トワはもう一度、スイッチを押してみたが、パソコンは反応しなかった。「これ動かせると思う?」彼はダメ元でユイに尋ねた。
「建物自体に電気が通っていないので無理だと思います」ユイは即答した。
彼女の意見にトワは納得した。
図書館の端末なら、ここに関する情報が何か分かるとトワは考えた。しかし、旧時代の端末は電気がなければ使用できない。20年前に取り壊された記録が残っている建物に電源が通っているとは到底考えられられない。
トワは諦め、別の場所を探すことにした。
3階の窓際スペースには、テーブルと椅子が並べられていた。海が一望できる一角には、窓の方を向くように背の高いソファが並べられていた。
よく考えてみると、トワはここの書棚の配置が工夫されていることに気が付いた。閲覧スペースが窓際に多いのは、単に景色を眺めるためでなく、日光が書棚に届かないようにするものであった。実際、沈みゆく夕日がトワ達の目の前に映るが、書棚のところまで光は伸びていない。
「やぁ、少年。ここからの眺めは良いものだな」
突然声を掛けられ、トワは変な声をあげた。
「何もそんなに驚くことはないだろう?」ソファに腰掛けたアヤが不思議そうに首を傾げる。
彼女のペットボトルは既に空になっていた。それを肘掛に器用に置いたまま立ち上がった。
「エントランスで左右に分かれていたが、中では繋がっていたようだな」アヤがそう言うので、トワは溜め息混じりに尋ねた。「何で先に行った先輩が、僕らが反対側に進んだことを知っているんですか」
「何となく、少年ならそうすると思っただけだよ。どうやら図星だったみたいだね」
鎌をかけられたつもりはないが、鎌をかけたようにアヤは自慢げに言う。
「それで先輩の方は何か収穫はありましたか?」
アヤは首を振った。「1階から順次探索したんだがな。生憎、ただの廃墟という以外に収穫はないよ」
「そうですか」トワは残念そうに肩を落とした。
「その様子だと、少年たちも収穫が無かったようだな」
トワは頷いた。「パソコンは見つけましたが、電気が通っていないので情報は読めそうになかったです」
「それなら私も見つけた。年代的に、電気が通っていたとしてもまともにデータを読めた保証はない、気にするな。ところで——」彼女が唐突に話を変えるように言った。「少年は昨夜の会話で『知識の館』と言っていたが、それは何だ?」
「何だ? と、言われても、この建物に入ろうとしたときに出た警告に書いてあった文言ですよ」トワは答えた。
彼はユイの方を振り返った。「あまり疑いたくはないけど、ユイは門を開けるときに何も警告は表示されなかったの?」
問われたユイは首を傾げ、門を開けたときを思い返すように天井を眺めた。「特に変わった文言は表示されませんでした。あなたのいう、警告というのも流れなかったです」
「キミがここの管理人ということはないのかね?」何かを疑うようにアヤが問うた。
その問いに、トワもユイも彼女の方を見た。
「後輩を疑っている訳じゃないが、私も警告画面が表示されなかった。昨日の出来事が、少年の自作自演でない限り、キミを疑うのがこの場合は筋が通っていると思うのだがね」
真面目に語るアヤにユイは笑う。「管理者も何も、私はまだ未成年ですよ。それに、引っ越して来たばかりの人が謎の建造物の管理者なんてあり得ますか?」
「普通ならありえない」アヤが言った。「だが、この建物自体、普通じゃない。少しぐらいのイレギュラー想定してもよいだろう」アヤは顔色ひとつ変えずに言った。「例えば、管理者は未成年だった、とかね」
敷地の管理者になるためには、少なくとも成人していなければならない。それでも、土地を買わない限りは管理者にはなれないので、成人しても管理者になることなく一生を終える人も少なくない。
そのため、通常の案件ならユイがここの管理者でここに居る全員の侵入を許可し、実際に中を散策したという可能性は考えられる。
「疑うなら、問い合わせてみてください。いまのこの地の管理者は誰なのか、とね」ユイは少々苛立たし気に言った。
アヤは頷き、「もちろんそのつもりだ」と返した。
ユイはペットボトルの蓋を開け、残りの麦茶を飲み干した。トワも同じように残りの麦茶を空にする。
「ところで」と、ユイがトワに話を振った。「警告画面って、どういう内容が表示されましたか?」
トワは昨日の出来事を思い出す。激しい頭痛が気になって、視界に表示された画面を詳細まで覚えていた訳じゃないが、警告画面に表示された文章ははっきりと覚えていた。
「それなら覚えているよ。
『警告!
アクセス権限がありません。
知識の館はあなたの立ち入りを許可していません。
解除するためには、管理者権限から設定を変更してください』
って、内容だったよ。正直、知識の館が何なのか僕にも分からない」
トワの言葉にユイは首を傾げた。「その文章だと、この建物が知識の館ではなくて、この建物の管理者が知識の館、というふうにとれませんか?」
「一理あるな」隣に立つアヤが頷いた。「ここの管理者を問い合わせたが、今現在、この地の管理者は居ないことになっている。それ以前の管理者を問い合わせたが、守秘義務の関係でそれ以上は答えられない、と。
ただ、昨夜のうちに『知識の館』を名乗る何者かがこの地を手放したとすれば、たとえ彼女が管理者ではなかったとしても説明ができる」
アヤの説明にユイは怒ったように言った。「まだ、わたしを疑っているんですか?」
そのとき、絶妙なバランスをとってソファの手すりの上に立っていたペットボトルが倒れた。カラン、という軽い物が落ちる音が、広い空間に響き渡る。
「すまないな。私の中では、まだ後輩のことを否定しきれていない」アヤが落ちたペットボトルを拾いながら言った。「状況証拠というのもあるが……何より、私は君のことを少年ほどには知らないのだよ。ただ、可能性は低いとは思っているよ」
沈みゆく夕日に反射して、ユイの髪が黄金色に美しく輝く。彼女はトワ達から顔を逸らした。「そうですよね」彼女は言った。「今のわたしは、先輩達と会ったばかりですもんね」
本当にそれだけだろうか。トワは疑問に思った。表面的には、アヤの言うとおりかもしれない。ユイの言葉を素直に信じるほど、トワもアヤも彼女のことを知らない。しかし、それは本来の話。
トワは向こう5年間の記憶を持っている。
その記憶の中にある、彼女の印象を考慮すれば、この場でユイを疑うことは論理的ではない。そもそも、取り壊されたはずの建物が残っていることを先に議論するべきなのだ。
トワは深い息をひとつ吐いて、海岸線へと沈みゆく夕日を眺めて提案した。
「今日のところは、このくらいにしませんか? もうじき日没ですし」
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