鳩森図書館 2
「ここか少年の言っていた場所は」
トワ達は鳩森図書館跡地へと移動した。道中、紙書籍で満たされたアヤの通学鞄をトワの家に一度置き、長い坂道を登り切った。
ずっと先陣を切って歩いていたアヤは頂上へ着いても息ひとつ切らしていない。トワも比較的体力はある方だが、アヤのペースに着いていくのはキツかった。残りのユイに至っては完全に息を切らし、膝に手を付き肩で呼吸をしていた。
「確かにここですが……少し休憩しません?」隣のユイの様子を眺めつつトワは言った。
「全く二人とも情けないぞ」
「そりゃぁ、毎日紙書籍を持ち歩いていれば自然と体力が付きますよ」トワは愚痴を溢すように言った。その隣でユイが申し訳なさそうに「ごめん……な、さい……」と言った。
実際、体力云々の前に初夏の日差しが照りつける中、坂道を30分以上登り続けるのは酷なものだ。それを真っ先に登り切り、息ひとつ切らしていないアヤがどうかしている。トワは体力に余裕がありそうな彼女に対して、「少し降りたところの公園に自動販売機があるので適当に飲み物買ってきてくれませんか?」と言い、適当な金額を彼女へ送金する。
「仕方ないな」と言いつつ、アヤは踵を返し講演の方へと向かう。
無茶振りが絶えない人だが、なんだかんだいって優しい人であることをトワは知っている。ジュース代を送金しなくても彼女のことだから買いに行ってくれただろう、とさえ思うほどに。
アヤを見送ったトワは未だ型で呼吸するユイの方をみた。「大丈夫?」と声を掛ける。
「まさか……こんなに遠いとは思いませんでした」少しずつだが、ユイの呼吸は整いつつある。
「急な上に道が曲がりくねっているからね。一応、道なりと言えるんだけどね」
道の合流地点は幾つかあったが、バス停から頂上までの道は一本道と言える。しかし、丘を周回するかのように曲がりくねっているため、実際よりとても長く感じられる。
「この後、街の案内もするつもりだったけど……体力持ちそう?」
ユイは首を振った。「正直、自信ないです」
「まぁ、無理はしないでね。家が近いなら、今日はすぐ帰るでも良いから」
トワはそう声を掛け、視線を彼女から目の前の洋館へと向けた。昨日と同じく、その洋館はひっそりと佇んでいた。長らく人が使っていた形跡のない建物。彼は地図を確かめ、各種電脳世界の情報を漁るが、やはりこの土地は空き地ということになっている。
この建物が建っているはずがないのだ。
「それにしても、本当に建っていましたね」息を整えつつユイがゆっくりと腰を上げる。
「ユイは驚かないんだね」到着して早々のアヤの表情を思い浮かべつつトワが言った。
ひとり先に洋館へ辿り着いた彼女は信じられない物を見るような目でそれを眺めていた。
「一応、近くに住んでいますし……引っ越してきたばかりなんでこれがない景色を見たことがないんですよね」ユイが言った。「それで、この後はどうするんですか? 中に入ってみるんですか?」
「多分、それは無理だと思う」
トワは昨日経験したことをユイに話した。中に入るため、門を開けようとしたら激しい頭痛と警告画面が表示されたことを説明した。
管理者権限から設定を変更しない限り、中を調べることはできない。
「少年が禁じられているだけで、私達も禁じられているとは限らないだろう?」
そのとき、ペットボトル入りの麦茶を3本抱えたアヤが戻ってきた。彼女はユイへそのひとつを渡し、残りの一本をトワへ投げ渡した。いつもの軌道を描くそのペットボトルをトワは苦なく受け止める。
「普通に考えて、僕がダメならここに居る全員がダメでしょう」トワはペットボトルの蓋を開けた。よく冷えた麦茶は乾いた喉に染みる感覚を味わう。
アヤもペットボトルを開け、麦茶を口にする。「確かに少年の言うとおりだな」
「そもそも管理者なんて本当にいるのでしょうか」同じように麦茶を飲むユイが疑問を口にした。「30年以上に閉館して取り壊されたはずの建物ですよね。今更、これを管理する人が本当に残っているのでしょうか?」彼女はペットボトルの半部くらいの麦茶を一気に飲み干す。
ユイの発言にアヤは同意した。「少年の頭痛や警告が勘違いという可能性だってあるからな。あるいはこのホラー的現象を脚色する演出か」
彼女の最後の言葉にトワは反論する。「これ以上脚色する必要ないでしょう。存在しないはずの建物がある時点で何を脚色するんですか」
「怪談話には少し時期が早いが、少なくとも今学期の部誌は面白いものが書けそうだ」
早速、門を開けようと手を掛けるアヤをユイが制した。「先輩、気になるのは分かりますがもう少し慎重にやりましょうよ」
「慎重にやると言っても、何の手がかりもないだろう」アヤが反論した。
ユイが溜め息混じりに肩を落とす。「裏口を探すとか、鳩森図書館について調べるとか、やりようはあるかと思います」
ユイが比較的慎重な人間でトワは安心した。アヤのように行き当たりばったりに行動される人が二人もいるとトワの手に余る。
アヤが言い返した。「少なくとも裏口はない。飲み物を買いに行くついでに古い地図を拾ってきて確かめた。入り口はこの1カ所だけだ」
「なるほど」とユイは頷く。彼女の表情から、ぐるりと敷地を回る手間が省けたことを喜んでいることをトワは察した。
「なら、正面突破しかなさそうですね……」
「そういう訳だ。良いな、少年」アヤがトワの方を向いて了承を求める。
「嫌な予感がしますが、まさか僕が開けるんですか?」トワは嫌そうに尋ねた。
しかし、アヤはそれが当然のように言う。「少年以外に誰が開けると言うんだい」
「先輩が開ければ良いでしょう?」トワが愚痴る。
「開ける前にとりあえず、触れてみるのはどうでしょう? 話によれば、触れた時点で警告が発したという訳ですし」そう言いつつ、ユイは門の鉄格子に触れた。それは丁度、鳩森図書館の紋章が象られた部分であった。ユイはそれをなぞるように触れる。「なんともありませんね」
そのまま、彼女は門を押した。
錆びた金属の擦れる耳障りな音が響き、門がゆっくりと開かれる。
「思ったよりも普通に入れましたね」
門を開けた張本人であるユイが一番驚いていた。
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