その身をどちらに委ねる? 3

 正直、現状を考えれば、アヤは電霊になっていてもおかしくない立場にいる。ここ最近の電霊事件で多いのは、就活生による就活マナー用の動作学習型インプラントの過剰投与だ。

 電霊が誤った行動をするとは考え難いが、傍目にはとても機械的な動作に見えてしまう。人間味を超えて、人間そののが不気味の谷に落ちてしまう。

 それが電霊という現象だ。

 しかし、アヤはそれを可愛いと表現した。つまり、電霊より良くない何かがある、とアヤは考えている。

「先輩は一体何を予測しているんですか?」率直にトワは尋ねた。

 アヤはゆっくりとケーキを口にした。しばらく間を置いて、彼女は言った。「人間の機械化」

 トワはなんとなくだが、彼女が予測している未来を推察した。「それは幾ら何でも考え過ぎでは?」

「少年は、本当にそう考えているのかね」アヤが続けた。「既に大学のゼミでも、高校や中学でもテストや勉強のためにインプラント学習が多用されている。政府は若者への利用を制限するように動こうとしているが、法整備にはもう少し時間が掛かるだろう。

 大手インプラントメーカーはその流れを嫌うだろう。彼らは自分の会社に理想の社会人を造りたいのだから。インプラントを投与して、想定通りの働きをする社員であれば、奴らは人を選ばないだろう。それこそ、学歴すらね」


——学歴すら問われない世界、人を選り好みしない世界。


 それだけを切り抜けば、理想の世界のように感じる。しかし、実現の仕方が人道的であるかどうかは人によるだろう。

少なくとも、アヤのような人は嫌う。

 しかし、トワはあまり抵抗を感じなかった。トワの中のどこかでそれが当然であるかのように感じていたのかもしれない。あるいは、それが当然であるように、周囲に流されていただけなのかもしれない。

 トワはケーキを口にし、ゆっくりと考えた。

 実際、学歴が必要になるのは、研究開発職くらいだろう。他の業務は今や人より機械の方が信頼できる。しかし、現実問題として機械化はトワが思っているより進んでいない。

 ウェイトレス、運転士、医者、銀行員、ニュースキャスター、その他あらゆる職業に向けた動作学習型インプラントは製造されている。動作は誰をみても変わらない、製品加工技術も向上しているから人型機械に同じことをさせることだって、難しくはないだろう。それでも、人が体内にそれらを取り込む理由は、人が面と向かって作業することに謎の安心感を得るからだろう。

 実際、トワはこのコーヒーとケーキを運んできた人を機械化どうかなんて考えなかった。別に機械だったかもしれないが、間違いなく人であった。

「つまり、先輩は人間と機械が完全に同質なモノになることを懸念しているんですね」トワの結論にアヤは頷いた。「少年は飲み込みが早くて助かるよ」

 彼女の言い方から、似たような話を幾度となく繰り返してきたのだろう。トワのように一定の理解をする者も居たかもしれない。しかし、多くの人はアヤの考えには否定的だろう。

 皆、自分が人であると信じている。

 たとえ、自身が電霊と診断されても。

「機械を造って社会へ役立てようとすると、それまでの人間の職が失くなり、社会はバランス調整に追われるだろう。長期的にみれば、そんな社会は持続しない。しかし、ヒトを機械化してしまえば、職が失われれず、彼らの生活を保証できる」アヤはコーヒーを口にした。「雇う側の本音は、それが人か機械か大した問題ではない、自らに富をもたらしてくれるのであれば」

「そこまで卑屈にならなくても」

 アヤという人物を知らなければ、彼女がただの人間不信の卑屈者にしか感じられないだろう。もしくは、極度の悲観論者か。

「そうなる前に、社会が否定するでしょう」アヤの意見は一定の説得力を持っているが、トワはそれが実現されるとは思っていない。

 社会の構成員ならその未来を否定的に捉え、可能な限り反発するだろう。


「タイムリープ」


 唐突にアヤが言った。

「高校のとき、部室で議論したの覚えている? タイムリープは可能なのか、どうかって」

そういえば、そう言うことを話したな、とトワは思い返す。どうして、その話の流れになったのかはあまり覚えてはいない。

「あのとき、少年は結論を出したじゃないか。『現実世界を人が生きる意味はあるのか?』と」

 確かにトワはその結論を口にした。そして、トワは「なるほど」とアヤの思い描く未来を想定できた。現実味がないようで、現実味を帯びている。

「全ての人が電霊化して、現実は資本家の言いなり、仮想では自身の理想の世界を生きる。そして、意識は仮想へ送ったまま朽ちるまで生きる」

 トワの結論にアヤは頷いた。「あのときの少年がインプラント学習の未来を想定していたとは、流石に私も思っていないが、少年の考えはこの未来へ繋がると思うよ」アヤはコーヒーを飲み干した。「そういう世界なら、否定的になる者も居ないだろう?」

 トワもコーヒーを飲み干した。「確かにその枠組みに入ってしまえば、否定のしようはないですが……本当にそうなると思っているんですか?」

「一見ディストピアかもしれないが、そう感じるのは枠組みの外の人だけだ」アヤは言い切った。「私や少年が否定的になるのも、今はまだ枠組みの外に居るからだろう」

彼女は残りのケーキも食べてしまった。

 アヤのいう未来は途方もないが、非現実的とも言い難い。トワもケーキの残りを食べながらどうにかして否定しようしたが、思うように考えがまとまらない。

 そうなる、ならない、という議論の前に彼女の主張は、社会が実際に目指していても違和感のないモノであった。

「先輩の考えは分かりました」ケーキを食べ終え、トワは渋々納得したように言った。「だからと言って、自分の身を削るようなことはしないでください。少しくらい、社会に折れましょう?」

 アヤは肯定も否定もせず笑った。「言ったはずだ。私は人間であることを捨てようとは微塵も思っていない」言いながら彼女は立ち上がった。「少年はどうなんだ?」

「え?」彼女の問い掛けにトワは思わず首を傾げた。


「その身をどちらに委ねる? 機械か、それとも少年自身か」

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