その身をどちらに委ねる? 2
その店は、最近できたばかりの小さな店だった。知名度もあまり高くないらしく人の数は少ない。トワとアヤは適当な席に腰掛ける。小さな丸テーブルを挟んで対面する。こうして、面と向かって話をするのも随分と懐かしいように思う。
二人は適当なコーヒーとケーキを注文した。
「それで? 少年の最近の様子はどうなんだ?」切り出したのはアヤの方であった。「どうと言われても特に変わりないですよ。ゼミ室に配属されて、毎週セミナーして、そろそろ進路のことを考えようかなぁってくらいです」
将来と言われても漠然として、何をすれば良いのか、見当もつかない。大学に進んだのももう少し学びたいな、と感じたからであって明確な目的があった訳ではない。実際、学部教養程度ならインプラント学習でどうにでもなる。そう考えたら、高い学費を払って通うことがアホらしく感じた。だから、という訳でもないが、トワはゼミのある日以外大学に足を運んでいない。
将来のことも考えているようで、実際には何も考えていない。なるようになる、とトワは考えている。それが甘い目算だということは百も承知だ。
「先輩こそ、どうなんですか?」
今度はトワが逆に尋ねた。
「見ての通り、就活の真っ只中だよ」アヤは肩を落としつつ行った。「この時期に内定をひとつも取れていないダメな就活生だけどね」
正直、トワにとっては意外だった。彼の知っているアヤであれば、とっくに就活を終わらせて卒業研究なり何なりに精を出していても不思議ではなかった。
「そんなに難しいんですか? 就活って」トワが尋ねるとアヤは首を振った。「難しいことではないと思う、人であることを捨てればね」
え? と、トワが首を傾げると「お待たせしました」とウェイトレスが注文したコーヒーとケーキを持ってきた。
ウェイトレスが立ち去り、コーヒーを一口飲んでからトワは尋ねた。「まさか、動作学習していないんですか?」
彼の問いにアヤは当然だろう、とでも言うように頷いた。それを見て、トワは彼女が就活で失敗続きな理由をなんとなく察した。
「何で、先輩はそうも先輩なんですか」トワは呆れたように言った。実際、アヤはどこまでいってもアヤのままだった。
自分の信念を曲げず、貫こうとした結果、社会から異物のように扱われているのだろう。いまどき、一切の動作学習も施していない人は希少種だ。最低限のマナーと呼ばれるミームを動作するインプラントは投与するものだ。
トワもそう思って、インターンシップに参加する際動作学習型インプラントを投与した。企業で用いられる所作は、形式的なモノが多い。そのため、身体で覚えるより機械を使って自動的に習得する方が良い。
企業側も最低限の学習がそれで済むのなら、と自社独自の学習型インプラントを製造、新入社員に投与しているという。
「だって、気持ち悪いだろう、あぁいうものは」アヤは言いケーキを口にした。
「だからと言って、そこまでして自分の信念を貫いて何になるんですか」トワはそう言って、コーヒーカップをソーサーに置いた。「生活できなければ困るでしょう」
アヤは真っ直ぐにトワを見た。「私にしてみれば、機械となって生きるのと、人間であることにしがみ付いて野垂れ死ぬなら、後者の方が余程マシだよ」
「別にインプラントは人を機械にするものじゃないですよ。ただ、日常的な所作を補助する物ですよ」
もちろん、用法・容量を誤れば電霊となってしまう。しかし、適度なインプラント投与は社会で生きるための手段の一つだ。
トワはそれを気持ち悪いなどと感じたりはしない。
「少年は本当にそう思っているのか?」アヤは鋭い目を向けた。「少なくとも私には、あれがそのような代物には思えない」
アヤはコーヒーを口にした。
「この際なので、先輩の意見を聞きますよ」トワはどこか諦めたように言った。
彼女の言うことだから、彼女のなりの意見があるのだろう。この会話でそう察するくらいには、トワとアヤの付き合いは長い。
「インプラント学習は確かに便利だが、世間はその利便性に胡座を掻こうとしているようにしか感じられない」アヤはコーヒーを一口飲み、続けた。「本の指先程度の機械を体内に取り込むだけで、教科書の知識、ビジネスマナーを学ぶことができる。そう言われると、確かに便利なものに感じられるが、それを繰り返せばどうなる?」
問われ、トワは咄嗟に「電霊?」と答えた。彼の答えにアヤは頷き、続けた。「電霊は確かに良い例だよ、少年。しかし、あれはまだ可愛い方だろうな」
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