警告 3

 トワは数刻を置いて、「それは昨日の問いに対する返答ですか?」と返した。

「さぁ、それはどうだろうね」アヤが言う。「何をもって少年を人と判断すべきか、私にも分からない」

だから、もう少し時間が欲しい。と彼女は言った。別にトワも急いでいないので、それに了承した。逆にトワがその問いをされても同じように迷ったことだろう。

「ところで」トワは二つ目の課題を片付け、唐突に話題を切り替えた。「先輩は、知識の館って聞いたことありますか?」

 トワは思い切って彼女に問い掛けてみた。

 立ち入るろうとするだけで警告を発する施設だ。会話にすることも禁じられている可能性はあると、トワは予想していた。しかし、実際言葉を発する間に禁句を示す警告は流れなかった。

 つまり、知識の館を話題にすることは禁句ではない。

 それなら、言伝として何かが広まっている可能性はある。

「知らんな」しばらくの間を置いて、アヤが答えた。「古い小説か何かのキーワードか?」

 どうやら、アヤは知らないらしい。

 知らないならそれでよい。しかし、聞かれた以上、アヤは何かしらの説明を求めるだろう。

 当然、少し気になっただけ、や聞いてみただけです、なんて言い訳が通用する相手ではない。彼女との長い付き合いで、トワはアヤのことをある程度把握している。

 しっかりと説明するべきだが、変なことに彼女を巻き込みたくない、と言う気持ちもある。

 トワは悩んだ末、全てをキチンと話すことに決めた。地図アプリを起動し、夕方トワが訪れた洋館の座標をピンで指す。その座標情報をアヤへ送った。「ここにある建物、何の建物か分かりますか?」

「随分と古い建物に目を付けたものだな」地図情報を眺めたアヤが言った。

「知っているんですか?」トワが尋ねると,アヤが肯定した。「随分と昔、30年以上前に閉館した私立図書館の跡地じゃないか? 老朽化の問題で建物自体も取り壊されていたと思うが」そう言いながら、アヤは電脳の有名書き込みサイトの情報を共有してきた。

 トワは、彼女が送ってきたサイトを読んだ。確かに、トワが示した座標の場所に30年以上前、鳩森図書館と呼ばれる私立図書館が実在したという。紙書籍が廃れ、私立図書館の経営が成り立たなくなり、閉館へと追い込まれたという。

鳩森図書館に限らず、多くの私立図書館は経営が成り立たなくなった。公立図書館は文献保存のため一部の大都市には残っているが、確実に数は減っている。紙書籍を扱う書店も大都市に限られ、トワ達の街には一件もない。年金暮らしの老人が個人で営む小さな古書店程度なら存在する。

 鳩森図書館もそういった背景の中、閉館した図書館のひとつであった。老朽化を理由に20年程前に取り壊されている。

 つまり、トワは実際に鳩森図書館が建っているところを見たことはない。それはある意味で、この街が真実でないことを告げていた。

「どうして先輩はこの図書館を知っていたんですか?」

自身の中を渦巻く悩みを捨て、トワは彼女に尋ねた。

「おや? 少年はそれでも文藝部員なのかな?」アヤは揶揄うように言った。「うちの部室にある蔵書の大半は鳩森図書館から流れてきたものだ」

 そう言えば、とトワは思い出す。

 確かに、部室に置いてある書籍には鳩森図書館のシンボルが象られたシールと印が押されていた。寄贈された物がほとんどと聞いていたから、トワはどこから流れてきたものなのか、あまり意識していなかった。


——身近なところにヒントがあったんだな……


 とはいえ、それがどの程度有益な情報なのか、今の段階では分からない。

「そういえば——」とアヤが言った。「少年は『この建物』と言ったが、そこに何か建っているのか?」

 アヤが不思議そうに尋ねてきた。実際、取り壊された記録も,地図上に建物がないのも事実だ。普通に尋ねるなら,『この土地に何があったか』が正解だろう。

「僕の見間違いでなければ、確かに建物が建っていました」トワは正直に言った。「何なら、今から確かめに行きますか?」

「少年は今が何時だと思っているんだ?」アヤに言われて,トワが時刻を確かめるとそろそろ日付を跨ごうとしていた。「急ぐことでもなさそうだし、明日の部活終わりとかで良いのではないか?」

 彼女の提案にトワは同意した。「そうですね。では、また明日、おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」

 短い挨拶の後、二人は通話を切った。

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