警告 2
「へぇ。それで私との時間を捨てた訳か」
何処か不機嫌な声で話すアヤの声がトワの脳内に響いた。
その夜、トワは自室のベッドで横になり、明日提出の課題を片付けながら、アヤと音声通話を繋いだ。
音声通話、といってもナノマシンを介するものであるから、実際に彼が言葉を発することはない。
「なんですか、先輩。その言い方は。一応、文藝部チャットにはずっと入室していましたよ」
アリバイを提示する容疑者の如く、トワはチャット履歴をアヤへと送った。
「ふぅん」と彼女は軽く応えた。「別にチャットに入室すれば良いって問題ではないでしょう?」
どうやら、アヤはこの日、トワが部活をサボったことが気に入らないらしい。
彼女のことだから、下校時刻まで部室で待っていたんだろうなぁ、とトワは推測する。
「そもそも、参加自体強制じゃないですよね、うちの部」トワは溜め息混じりに言った。「僕にだって、たまには休みたいときくらいありますよ」
「確かに、多くの部員が部室へ来ていないことは認めよう。だからといって、少年が部活を休んでいい理由にはならないだろう?」
「僕もその多くの部員のひとり、じゃダメなんですか?」
トワはひとつの課題を片付け、別の課題ファイルを展開する。
「少年は一応、次期部長候補なのだから、他の部員と同じ扱いにする訳にはいかないだろう」アヤが言った。
「他の部活だって、ロクに活動なんてしている訳じゃないのに、どうして先輩は部室での活動にこだわるんですか」トワは不満をぶつけるように言った。そう言いつつも、トワはアヤが明確な理由を持っているとは思っていない。
「そういう時間も大切だからさ」アヤが言った。「ある程度、人との関わりが欲しいのだよ、私は」
トワは課題を進める手を止め、アヤの話に耳を傾けた。「それはどういう意味ですか?」
「少年の言うとおり、私たちの部は部室なんてなくても活動はできる。でも、人ってのは脆いからな。ある程度の接触や関わりがないと、綻びが生じてしまうと私は思うのだよ」
「接触なら、こうして先輩と話しているじゃないですか」
「どうやら、少年は大切なことが分かっていないようだな」アヤが言った。「確かに少年の言うとおり、電脳を利用すればこうして会話だってできる、実際に対面しているときのようにね。でも、それはあくまで仮初の繋がりであって、本当の繋がりとは言えない。
私はね、少年、人同士直接の関係を維持しないと、何処かで人としての綻びが生まれてしまうと思うのだよ。そうでなければ、この時代に登校型の学校が残っている意味なんてないからね。みんな、電脳で出来ることを態々対面でやろうとする理由を失う」
トワは彼女の言葉に相槌を打つ。
正直、アヤの言い分は正しい。この時代に学校は必要ないのだ。電子教材で教育は可能、人との繋がりも政府管理ネットワークで実現できる。匿名サービスもあるが、政府管理下ではあってないようなものだ。社会インプラントによって、個人情報は電脳内で紐付けされる。
こうしてアヤと話していて、トワは実際に会うときと差異は感じられないように思う。すぐ側に彼女が居る、とまでは言わないが、精神的距離はそれに近いものだ。とはいえ、それはあくまで仮の物。物理的距離は依然として離れたままだ。
その違和感を拭える程、人は電脳というモノに慣れていない。
「でも、その理屈なら……」トワは反論した。「学校に通っているのだから、最低限の触れ合いは得られているんじゃないですか? クラスメイト、居ないわけじゃないでしょう?」
3年生とはいえ、まだ自由登校が始まった訳ではない。アヤのクラスにも同じ人が居るはずだ。
「クラスメイトが居ることと、友達が居ることは必ずしも同義ではない」アヤが言い返した。
「唐突にボッチ宣言されても……」トワは苦笑する。
アヤも小さく笑い、言葉を続けた。「彼らが友達であるかはさておき、表面上の関わりは仮想的な関わりと大差ないよ、少年」
「その言い方だと、まるでクラスメイトのことを人と思っていないみたいですね」トワが言うと、アヤは即答した。「まさにそう言ったつもりだがね、私は」そして、彼女は言葉を続けた。
「少なくとも、彼らより少年の方が人間だと思えるよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます