警告 1

 ユイと別れた後、トワは一度家へ帰った。妹のサクラは部活で、両親は仕事から帰ってきていない。トワはれいぞうこから麦茶を取り出し、乾いた喉を潤す。

 仮想画面を表示させ、今日出された宿題と、明日提出しなければならない宿題を確認する。出された分量としては多いが、夜のうちに片付けることはできるだろう。トワはそう目算をたて、ナノマシンへ今日のタスクを設定する。とりあえず、今からしばらくは例の洋館を調べることにした。

 それに要した時間によって、残りの行動を決めよう。

 家を出ると、初夏の日差しが眩しかった。トワはキャップを目深に被り、洋館の方へと歩いて行った。

 坂道は思いの外、キツかった。単にキツイだけでなく、洋館までの道のりは曲がりくねっており、素直に進むことが出来なかった。

 随分と歩いただろう。トワが視界の端に表示させた時刻を確認すると30分程経過していた。ようやく、例の建物のところへやってきた。


——思っていたより、大きいな


 その建物は、トワが思っていたより随分と大きく、土地も広かった。周囲の木々に隠れて、トワの家の辺りからではその全体像が見えなかったのだろう。

 洋館を取り囲む塀も洋館と同様に蔦が這い、整備されているようにはみえなかった。正門と思われる大きな門も錆びつき、鍵が壊れてしまっている。

 門の中央には、大きな紋章が象られていた。錆びではっきりと捉えることは出来ないが、月桂樹を想起させる草で象られた輪の中央に羽を広げる一羽の鳥が描かれている。

 トワはその紋様に見覚えがあった。しかし、どこで見たのか、そこまで詳しいことは覚えていなかった。

 門を潜ろうと、トワは鉄格子に手を掛けた。


 刹那。強烈な頭痛がトワを襲った。


 非常事態を告げるアラートが脳内に響き渡る。トワは警告を切ろうと手で空中を掻き毟る。門から手を離してもなお、警告の音が止むことはなかった。

 視界一面に表示される『警告』の文字は、正にトワの今の状態に危険を告げていた。

 何が起こったのか分からず、トワは必死に警告を消そうとナノマシンに指令を送るが、彼の一部であるはずの社会インプラントがトワの言うことを聞かない。


——何が起こっているんだ?


 トワの知る限り、社会インプラントが宿主の指令を無視することはない。ただ一つの例外——宿主の身が危険に晒されているとき——を除いて。

 トワは可能な限り洋館から距離を取った。近くの、洋館が斜面で見えなくなる位置にある公園へ移動してようやく警告は止んだ。

 すぅっと、脳内がスッキリする感覚を覚えた。

 トワは公園のベンチに座り、何が起こったのか情報を調べた。

 警告画面を表示させた。


『警告! 

アクセス権限がありません。

知識の館はあなたの立ち入りを許可していません。

解除するためには、管理者権限から設定を変更してください』


 それは不法侵入者対策用の警告画面と酷似していた。その画面が意味することは、あの洋館には管理者が存在するということ。そして、警告画面が表示されたということは、管理人の元へトワが侵入したことを告げるメッセージが送られている。

 しかし、トワは敷地の中へ入ってはいない。

 トワは門に手を掛けただけで、この警告画面が表示された。実際、門に触れた者に反応するよう設定していたかもしれない。しかし、実際にそのような設定をする人は余程酷い空き巣に入られた経験のある人だけで、普通の人は敷地に足を踏み入れてから警告を作動させる。

 トワは影に隠れて見えない洋館の方へ視線を向けた。


——誰か、住んでいるのだろうか?


 唯一の手掛かりは、知識の館という名称のみ。

 管理者の名前とは思えないので、あの建物の名前と考えるのが妥当だろう。トワは電脳へ接続し、知識の館という単語を検索した。

 しかし、有益な情報は得られなかった。

 トワは息を吐き、水平線へ沈みゆく太陽を眺めた。これはただのタイムリープではない、とトワの直感が言っていた。もし、本当にタイムリープなら、記憶にない建物——実際、トワが忘れているだけかもしれないが——が目の前に現れて、謎の警告を提示することはないだろう。


——管理人を見つけるしかないのか?


 あの建物に何があるのか、分からない。しかし、トワは何となくだが、知識の館にヒントが隠されているように感じていた。

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