文藝部の日常 3
「それはどういう意味だい、少年?」アヤが聞き返した。
トワはゆっくりと考えを整理しながら言葉を続ける。「僕たちの生活で必要なのは、睡眠、食事、正直言ってその程度です。決まった時間に、それらの動作を行うだけならナノマシンでも可能じゃないでしょうか? 残った作業容量を自分の好きなように使う、例えば懐かしの高校時代を思い出すとか、異なる人生を歩んでみるとか、そういうのに使えないでしょうか」
「なるほど」アヤが頷いた。「その場合、社会はどうやって維持する? 理想の世界に浸れるのなら、皆望んでその世界に飛び込むだろう」
「仕事もナノマシンで作業させられませんかね」
「今の技術じゃ無理だろうな。そもそも、私生活の全てを機械に委ねること自体どうかしている、と私は思う」アヤは最後のチョコレート菓子を摘みながら言った。「そんなもの、人なのか機械なのか、分からないじゃないか」
トワはペットボトルに残っていた麦茶を飲み干した。「機械と人の境界なんて、そのうちなくなるかもしれませんよ」
今だって、トワ達は機械と同化している。極少量のナノマシンを体内で走らせて生活を豊かにするよう変えた。もちろん、アヤの様にそういった行いを嫌う人も居る。しかし、大多数の人は豊かな未来を望むはずだ。
そこに、元来の人としてのカタチが消えてしまったとしても。
「私は好きではないな、そんな未来」アヤが吐き捨てるように言った。
「まぁ、先輩はそうでしょうね」
アヤは人付き合いを好む方ではないが、人同士の触れ合いをそれなりに大切にする人だ。そうでなければ、今どき形骸化した部活動に真面目に参加しないだろう。
その点はトワも同じだ。そうでなければ、こうして毎日のようにアヤと他愛のない話に花を咲かせたりはしない。恐らくそれは、電脳を嫌っているとか、彼女が好きだからとか、そういうものではない。
通学、食事、授業、機械的に繰り返される中、機械的でないやりとりが生じる、そのひとときがトワ達にとって大切なのだろう。
互いが機械でないと確証を得られる刻が。
とはいえ、それも万全ではない。正直、トワは目の前に座る少女が、実際には機械だったと言われても驚かないだろう。会話程度、対面である必要がない上に、今どき対面だから人だと決めつけることも危ぶまれる。
それはトワに対しても言えることだ。いまのトワの発言が全て機械的であっても何ら不思議ではない。彼が本当に考えたのか、ナノマシンの結論なのか、本人でない限り断言することなどできない。
「でも、先輩——」それは意地悪でもなんでもなく、ただの好奇心。そして、アヤがトワをどう捉えているのか、確認する必要があった。
「いまの僕が本当に人だと言える自信はありますか?」
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