第20話アメリカンスピリッツ・禁酒法時代アメリカ
「諸君! ユダヤの犬になり下がったカリフォルニアのサンキストにオレンジ市場を独占させていいのか。そんなことになってはここフロリダ州オレンジ郡は名前負けもいいところではないか」
いやあ、あいかわらずアドルフさんの酔っ払っての演説は名調子だなあ。すっかりフロリダの農家のみなさんを熱狂させてるんだから。アドルフさんも『演説なんて勘弁してくださいよ』なんて言っていたけれど、ちょっとお酒を飲ませればすっかりあの調子だもんね。
「聞いてほしい。諸君たちアメリカ人は南北戦争でアメリカ人同士殺しあった。それは悲しい歴史的事実である。しかし、これはただの悲劇だろうか。裏で何者かが糸を引いていたのではないか」
なんですと、アドルフさん。黒人奴隷解放をめぐってアメリカが真っ二つに分かれた戦争に陰謀が秘められていたなんて。
「南北戦争を仕組んだのはユダヤ人である。諸君! いまあえて『南北戦争』という言葉を使ったが、アメリカでは州間の戦争や内戦と言う言葉が一般的だと言うことは知っている。しかし、本当にそうだろうか。あの戦争の主戦場は東部で、西海岸は平和そのものだったのではないか」
確かにそうだ。カリフォルニアでアメリカ国民どうしが軍隊で戦ったなんて話聞いたことがない。
「そしてアメリカが内戦で疲弊した後、テキサスであふれかえった石油で大儲けをした連中がいる。それはユダヤ人だ。諸君、これは偶然だろうか。否、断じて否である。ユダヤ人はアメリカを内戦で疲弊させて、そのあとでこの国を乗っ取るつもりだったのだ。いや、すでにアメリカはユダヤに乗っ取られている」
そうだったんですか、アドルフさん!
「アメリカ人同士を内戦で殺し合わせる。そのなかで、ユダヤ人は武器や火薬を北軍と南軍の両方に売って私腹を肥やしたのだ。ユダヤ人に愛国心なんてものはない。あるのはただ金もうけのみである」
ユダヤ人、許せない!
「内戦でアメリカは疲弊した。しかしそれは実際に戦場になった東部だけの話である。安穏としていた西部ではユダヤ人が着々とアメリカを牛耳る準備をしていたのだ。南北戦争で火薬を売った死の商人デュポン、それに石油で成り上がったロックフェラー。彼らはユダヤに支配されている。そして、いままさにここフロリダの農業もカリフォルニアのサンキストにつぶされようとしている。諸君、アメリカを愛する君たちがユダヤに敗北していいのだろうか」
そんな、アドルフさん。平時には農業で食べ物を作って、有事には戦地で血を流したアメリカ国民が陰でこそこそするだけのユダヤ人に富を吸い取られるなんてことがあっていいはずがないわ。
「諸君。ユダヤ人に操られたアメリカ政府は禁酒法なんてものを作り出している。なぜか? それはアルコール燃料を駆逐するためである。いいか、諸君。ガソリンなんてものがなくても車は動くのだ。アルコール燃料というものがある。しかしユダヤの連中はアルコール燃料を駆逐するために禁酒法を定めようとしている。ユダヤ教なんて邪宗を信じているユダヤ人がキリスト教で定められたアメリカ人の飲酒の権利を侵害しようとしているのだ」
ユダヤ教! あんなわけのわからない宗教を信じている人間にこれ以上アメリカをダメにさせるわけにはいかない。
「諸君! そんなユダヤ人の口車に乗って禁酒法なんてものを制定させるわけには断じていかない。そのために諸君に酒を造ってもらいたい。諸君らが丹精込めて育て上げたオレンジやグレープフルーツから造られる酒を。ユダヤに乗っ取られているサンキストがけして造らない酒を!」
そうよ、じゃんじゃん酒を造らないと!
「余は予言する。諸君らが作り上げた酒があらたなアメリカの蒸留酒(スピリッツ)となることを。諸君。ユダヤ人にアメリカ人の魂(スピリット)をこのまま汚させるわけにはいかない。そうであろう」
アメリカンスピリッツ万歳!
「諸君! 悪徳商人であるユダヤ人は南北戦争を引き起こして私腹を肥やした。今まさに全く同じことがヨーロッパ戦線で行われている。ユダヤ人が引き起こした戦争でユダヤ人が私腹を肥やしているのである。イギリス人やフランス人、ドイツ人に戦場で血を流させてユダヤ人が死の商人として財を成しているのだ」
ユダヤのクソ野郎!
「南北戦争の後でリンカーン大統領は暗殺された。なぜか? ユダヤ人に反旗をひるがえしたからだ。恥知らずのユダヤ人はリンカーンに戦費として金貸しをしようとした。もちろん法外な利子をつけてだ。だが偉大なるリンカーンはそれを拒否した。自前で資金を調達したのだ。結果リンカーン大統領はユダヤに暗殺された。そんな悲劇を繰り返してはならない」
そうよ、このままではまた大統領がユダヤ人の陰謀で暗殺されちゃうわ。そして、実行犯だけ逮捕されて黒幕のユダヤ人はアメリカを支配し続けるのよ。そんなことさせてたまるものですか。
おうちで消毒液を作ろう @rakugohanakosan
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