第19話アメリカンスピリッツ・禁酒法時代アメリカ

「それはまあ、この禁酒運動のせいですね、ルーシーお嬢さん」


「なるほど。わざわざ禁酒運動が激しくなっている中アルコール事業に手を出す必要はないと」


「それもありますがね、ルーシーお嬢さん。サンキストってのはアメリカ西海岸のカリフォルニア州の会社でして。『酒なんて造ったら黒人労働者が酔っ払って仕事をさぼるからジュース一本でいこう』なんて風潮なんですな」


 なによそれ。お酒は労働者の強い味方なのにそれを作らないだなんて。


「なにせアメリカはイギリスやフランスと同盟してまして、ルーシーお嬢さんのルーツであるドイツと戦争してますからね。ドイツイコールビール。だからビールは悪だなんて……いや、僕はルーシーお嬢さんのことを敵国人なんて思っていませんが」


「当たり前よ。わたしはアメリカ国民なんだから」


「それで、南部は人種差別も盛んでして。黒人排斥運動が禁酒運動になっちゃったりして。サンキストはまずアルコール事業に参入しないでしょうね」


「南部……たしか石油を発掘してるのも南部のテキサス州だったわね。あいつらわたしたち北部アメリカ人をヤンキーだなんてバカにして」


 これだから南部の田舎者はだめなのよ。


「いや、ルーシーお嬢さん。南部を悪く言うものじゃありませんよ。たしかフロリダのオレンジやグレープフルーツ農家はサンキストにしてやられていますからね。ここはチャンスじゃないんですか。いまならオレンジジュースやグレープフルーツジュースからスパークリングワインを作るなんてルーシーお嬢さんの話を聞いてくれるかもしれません」


「そうなの、チャーリー。フロリダって言えば、テキサスと同じくらいがちがちの南部じゃない。そんなところとビジネスの話ができるかなあ」


「なにせ、フロリダのすぐ近くのアトランタにコカ・コーラなんてものができて果物ジュ-スを作ろうにもドリンクの売り上げをかっさらわれていますからね。フロリダの柑橘類農家はいまごろ大弱りですよ。いまなら少しばかり無茶な要求も飲むんじゃないですかねえ。なにせ、オレンジ郡なんて名前なのにそのオレンジがろくに売れないんだから」


 ほほう。それはビジネスチャンスかも。


「なんならいってきたらどうですか、ルーシーお嬢さん。噂には聞いてますよ。フォードさんのところで名演説家としてブイブイ言わせているアドルフ・ヒトラーって人物はルーシーお嬢さんシンパらしいじゃないですか。そのヒトラーさんにフロリダのオレンジ農家の前で一席ぶってもらえればうまくいくと思いますよ」


「それもそうね。いまからデトロイトに行ってくる!」


「いってらっしゃい」


 ひひひ。そういえば最近コーラなんて飲み物が出て来たわね。あんなものがあっちゃあオレンジジュースやグレープフルーツジュースも売りにくいでしょうね。待ってなさいフロリダ。わたしがフロリダをアメリカフルーツワインの聖地にしてあげるわ……よし、デトロイトのフォード車に着いた。


「アドルフさん。あなたに手伝ってもらいたいことがあるわ」


「うわ、なんですか。ルーシーさん。いきなり。いま戦車のスケッチをしていたところなのに」


「へえ、戦車のスケッチ……上手じゃない、アドルフさん。わたし、アドルフさんの絵は好きだなあ」


 なんだか素朴って言うか、アートだなんて高尚ぶってないところがいいわね。


「そ、そうですか。そんなに褒められると照れますね。美大落ちの自分の絵をそんなに褒めてくださるだなんて」


「ねえ、アドルフさん。わたし、もっとアドルフさんの絵を見てみたいなあ。具体的にはフロリダのオレンジ農家のスケッチを見てみたいんですけれど……」


「そ、そこまで言われては」


「じゃあ今すぐ行きましょう、アドルフさん。ちなみに、フロリダではいま苦しんでいるオレンジ農家がいまして。そこにわたしがある提案をしようと思っていますの。それにはアドルフさんの手伝いが少しばかり必要で」


「は、はあ」


 フロリダまでの道すがら、アドルフさんにわたしの計画をしっかりレクチャーしてやるわ。そして、アドルフさんの名演説でオレンジ農家のハートをわしづかみにするのよ。


「アドルフさん。わたしね、オレンジやグレープフルーツのスパークリングワインを作ろうと思っているの。フロリダのオレンジやグレープフルーツを使って」


「この禁酒運動が盛んになっているご時世にですか」


「いやだ、アドルフさん。あんなにお酒を称賛する演説をしておいて」


「それはルーシーさんが自分を酔っ払わせたからで。自分は酔っ払うとどうも記憶が」


 そのアドルフさんの酔っ払った時の演説が必要なのよね。


「フロリダではね、コカ・コーラなんてものが清涼飲料水の業界を席巻してるの。コカ・コーラ社が自分の会社の売り上げを伸ばすために禁酒運動をこっそり応援してるみたいなんだから。そんななかでアルコール事業を立ち上げるためにはアドルフさんの力が必要なの」


「自分が力になれますかねえ」

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