第18話アメリカンスピリッツ・禁酒法時代アメリカ

「さあ、キャリーちゃん。これを飲みなさい! あんたみたいなお子様舌にはぴったりのしろものよ!」


「なにをする、ルーシーさん。いきなりふっと消えたと思ったら、また出てきて……なんだその両手に持っている透明な瓶は? いや、見たところガラスじゃないようだが……なんだか卑猥な形をしているな。出るところを出して引っ込むところを引っ込めて……そんなに自分のナイスバディを強調したいのか!」


「ごちゃごちゃ言っていないでこれを飲みなさい!」


 アルちゃんのところで飲んだオレンジとグレープフルーツから作られたスパークリングワイン。甘口でこれならキャリーちゃんもいちころよ。


「これは……おいしい! こんなの飲んだことない。なにこれ……ひっく? お酒ね」


「そうよ。オレンジとグレープフルーツから作られているわ。どう、おいしいでしょう。キャリーちゃん。どう? まだ禁酒運動を続けるかしら?」


「しないしない。これはおいしい。おいしすぎる。じつにけしからない。こんなけしからないお酒はさっさと胃袋に収めちゃいましょう」


 くくく。うまくいった。苦いというだけで『ビールはまずい。だからお酒はいけない。禁酒運動だ』なんて短絡的な行動にはしったおこちゃまキャリーちゃんにはオレンジやグレープフルーツの甘口ワインがぴったりよ。


「ねえ、ルーシー。キャリーもっとこのお酒飲みたい。もっとちょうだい」


 わ、キャリ-ちゃんったら。もうボトル二本空っぽにしちゃってる。この子、とんだうわばみね。


「わかったわよ。今から作るから。ええと、オレンジジュースやグレープフルーツジュースを買ってきて、それに砂糖を混ぜてドライイーストをパラパラして……2,3日かかるから待っていなさい」


「えー、そんなにかかるのー」


「我慢しなさい。それかビールなら売るほどあるからビールを飲んでなさい」


「ビール―? あれ苦いー……あれれ、苦くなーい」


 まったく、キャリーちゃんったら。もう我が家のビールに手を出している。あれだけ酔っ払っていたらビールの苦みもわからなくなっちゃってるみたいね。とんだアル中を作り出しちゃったわ。それにしても……


 あれだけ激しく禁酒運動をしていたキャリーちゃんがころっとお酒大好きになっちゃうんだから、オレンジジュースやグレープフルーツジュースから作ったスパークリングワインは絶対売れるわ。ちょっと売り方についてチャーリーに聞いてこようっと。この時間なら野球場にいるはずね。


 酔っ払ってるキャリーちゃんは放っておいてっと。それでは野球場に出発よ……着いた。


「チャーリー。ちょっと販売戦略について質問したいんだけれど……」


「これはこれは、ルーシーお嬢さん。ブロージットの販売戦略ですかい。ブロージットはチームの連中にも大好評で……」


「違うのよ、チャーリー。今日はオレンジやグレープフルーツの……」


「ああ、オレンジジュースやグレープフルーツジュースの話ね。さすがルーシーお嬢さん。お耳が早いですね」


 ???


「なんのこと、チャーリー?」


「『なんのこと』ってルーシーお嬢さん。販売戦略でオレンジジュースやグレープフルーツジュースと言ったらサンキストに決まってるじゃないですか。それともサンキストを知らずにオレンジジュースやグレープフルーツジュースの販売戦略について興味を持ったんですか」


「まあ、そういうことになるわね」


 サンキスト……そういえば、オレンジジュースやグレープフルーツジュースにはそんな名前が付いていたような。


「いいですか、ルーシーお嬢さん。オレンジやグレープフルーツをジュースとして飲むようになったのはサンキストのイメージ戦略のおかげなんですよ。アルバート・ラスカーって知恵袋がいるらしいんですがね……『柑橘類をジュースで飲もう』なんて言葉をラジオでじゃんじゃん流すんですよ。キャッチフレーズって言うらしいんですが」


「言われてみれば……オレンジジュースやグレープフルーツジュースを当たり前のように飲んでいるけれど、ちょっと前までは柑橘類はそのまま食べるものでジュースにして飲むなんて発想はなかったかも」


「そうなんですよねえ。うまいこと考えましたよねえ。そのまま食べるんじゃなくてジュースにするなら、運搬もしやすい。アメリカ西海岸のカリフォルニアから大都市が多いアメリカ東海岸にも低予算で運べるって寸法なんですよ」


 むむむ。そんな商売のやり方があったなんて。


「それで、チャーリー。わたしはオレンジジュースやグレープフルーツジュースから作ったスパークリングワインを売りたいんだけれど。そのサンキストは競合相手になるかしら」


「ルーシーお嬢さんがスパークリングワインを売るって言うのなら、サンキストは競合相手にはならんでしょうな。サンキストが売っているのはジュースだけでアルコール事業には手を出していませんから」


「なんでなの? ジュースを売るならアルコール事業にだって簡単に参入できるじゃない。ボトリングはジュースと同じなんだから、ドライイーストをパラパラするだけでいいのに」

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