第14話おしゃれな喪服・禁酒法時代アメリカ
ふむ。黒一色をわたしの反禁酒運動のイメージカラーにすることは決まった。いずれはアメリカ全土にたなびかせる予定の黒旗もたくさん作った。でも、ユニフォームがなあ……アルちゃんの服はあるけれど……なんかこう、服を黒一色にすればいいってものじゃないのよね。
ああもう! わたしは酒造りが専門で服飾なんてちんぷんかんぷんだってのに。シカゴのわたしの部屋がいまや黒服まみれに。
やっぱり、宣伝となると広告塔が必要なのだけれど……服作りって難しいのね。なんだかこう、一目で群衆の目を引く黒服ってのもできそうでできないのよね。ラインとかシルエットとかやっぱりうまくいかない。ああ、こんなときにファッションの本場であるフランスから売れっ子デザイナーが来たりしないかしら。
「こちらがルーシーさんのビール製造会社かしら。うわあ、黒服だらけ。ひどいものね。まるで基本がなってないじゃない……あら、これだけはいいできね。胸のサイズが貧相だから大人の女性の着る服のシルエットじゃないけれど」
む、誰かしら。散乱した黒服の中から一目でわたしがアルちゃんからはぎ取った黒服を選び出した。悔しいけれど、やっぱりあの服は特別ね。あんなすてきな服を着ているアルちゃん……何者なのかしら。
「おっと、自己紹介が遅れたわね。ココ・シャネルよ」
ココ・シャネル……どこかで聞いたような……
「名刺代わりに。これ、ココ・シャネルの帽子よ。さしあげるわ」
「これは! 見た目だけを重視して機能性なんてまるで考えていないこれまでの『女は家に閉じこもっていろ』と言わんばかりのごてごてした帽子とは違った、シンプルイズベストなデザインの帽子! あ、ココ・シャネルって!」
「その様子だとココのことは知っているようね。単刀直入に言うわ。ルーシーさんの黒服づくりにココも一枚かませてちょうだい」
ファッションの本場フランスで大成功しているココ・シャネルが何でアメリカに!
「まさかココ以外にも喪服以外に黒ずくめのデザインを婦人服に取り入れようとする発想をする人間がいるなんてね。このつつましいバストサイズの服だけはきちんとしているけれど……ルーシーさんって何物? ファッションなんて商売をしていると情報には詳しくなるつもりだけれど……あなたのうわさなんてついぞ聞いたことがなけれどね」
「いや、それはその……」
「ふむ。とりあえず採寸させてちょうだいな」
きゃ! あのココ・シャネルがわたしの体を採寸してる! どうしよう。ビールばっかり飲んでるビヤ樽体型ガールなんて思われたら。
「ふむ。サイズは分かったわ。それじゃあちょっとルーシーさん用の黒服をつくらせてもらうわよ」
えええ、あのココ・シャネルがわたしを採寸して服を作る! それってオーダーメイド! お店で頼んだらいくらかかるのかしら。わ、あっというまに黒いドレスが出来上がっていく!
「はい。着てみてちょうだい」
うわあ、すごい。これがわたし。プロが作った服ってこうもしろうと製の服と違うんだ。
「その顔だとココお手製のドレスに満足したみたいね、ルーシーさん。あなたのユニフォームづくりに参加させてもらえるかしら」
「ええ、それはもう」
「ふふふ、わくわくするわね。戦争で男連中が出兵した中、働くようになった女の子たち。そんな女の子のファッションは当然のことながら機能性を有したものでなくてはならないわ。となると、ここは戦争でファッションどころではないヨーロッパよりもだんぜんアメリカで勝負をかけるべきよね」
む。たしかに、ヨーロッパ戦線が想像以上に長引いているものだから戦時特需でアメリカは景気がいいけれど……まさかココ・シャネルが単身アメリカに乗り込んでくるなんて。
「それで、ルーシーさん。このバストサイズが控えめな服もルーシーさんが着ていたの? ちょっと着てみて下さる?」
「ええそれはもう構いませんけれど……ううん、やっぱり胸が窮屈」
「ふむ。広告塔としてならこれはこれでありかもしれないわね?」
あら以外。ココさんが自分以外が作ったサイズがちっともあってない服を評価している。てっきりひどくけなすものとばかり思っていたのに。
「ルーシーさん。あなた反禁酒運動のシンボルとなるのよね。となると、その豊満なお胸を見せびらかすのは良くないかもしれないわね」
「そうなの?」
「そうよ、バストの強調なんてものは男のスケベ心を刺激するためでしかないものよ。だからコルセットなんてものが生まれて、女の子がおなかをぎゅうぎゅうに締め付けられていたんだから」
たしかに。わたしも胸をアピールするためにウエストを細く見せるコルセットでおなかをふんじばられたことはあるけれど……あれは女の子の解放にはあってはならないものね。
「だから、広告塔となるル-シーさんはお胸をアピールしないほうがいいのよ。そのためにはその控えめなバストサイズの服でカモフラージュしたほうがいいわね」
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