第13話おしゃれな喪服・禁酒法時代アメリカ

「どうですか、アドルフさん! このファッションセンス!」


「わ、ルーシーさん! 酔っ払ってどこかに行ったと思っていたら、いつの間に着替えたんですか? それって喪服ですか? まさか誰かに不幸が……」


「違いますよ、アドルフさん。黒一色の服が喪服じゃなければいけないなんて誰が決めたんですか」


 ふふふ。こんなファッションいままでなかったわ。


「ねえねえ、アドルフさん。あなたの演説にはずいぶんたくさんのファンがついているみたいじゃない。だったらコスチュームを統一すべきよ。いまはアドルフさんの演説をこのヘンリーさんの工場の女の子工員が聞いているくらいだけれど、いずれアドルフさんの演説を聞きに大勢の人がやってくるわ」


「自分の演説にそこまでの魅力がありますかねえ」


「ありますよ! わたしは確信していますわ。いずれアドルフさんの演説が野球場を観客でいっぱいにすることを」


 ユダヤのせいで禁酒運動が高まる中、野球場内でビールを醸造、販売。それに反対する禁酒運動家が球場内に入り込むのを戦車部隊が阻止。そんななか、球場は満員の観客で埋め尽くされアドルフさんがユダヤをののしりお酒を賛美する演説をする。ああ、かんがえただけでぞくぞくしちゃう。


「というわけで、アドルフさん。さっそくユニフォームを決めましょう。野球ファンはひいきのチームのユニフォームを着て一体感を得るものですわ。アドルフさんの反ユダヤアルコール賛美運動を盛り上げるために、インパクトのあるユニフォームを!」


「それで黒一色のデザインですか、ルーシーさん。たしかに素敵なデザインですが……なんでまたそんなもの思いついたんですか」


「ちょっとしたほろ酔い気分のなかのお告げでね。それにしても、ユニフォームだけじゃ応援アイテムとして弱いわね。どうせなら旗なんかも欲しいわね。シンボルマークがついた」


 デザインかあ。わたしは酒造りはできても宣伝広告となるとなあ。ドイツ人が発明してアメリカ人が製品化してイギリス人が投資してフランス人がデザインしてイタリア人が宣伝して……なんてジョークはあるけれど、やっぱりわたしは偉大なるドイツ皇帝ヴィルヘルム二世陛下を敬うドイツ系アメリカ人ね。モノ作りはできてもそれを売り込むとなると……


「旗ですか、ルーシーさん。いっそのこと黒旗なんかどうですか」


「黒旗? なんですの、それ、アドルフさん」


「アナキストがシンボルフラッグとして掲げてる旗ですよ。パリの失業者デモで掲げられていましてね。『パンを、仕事を、さもなくば指揮権を!』なんて」


 そう言えばシカゴでもそんなデモ行進があったような……でも、アナキスト。無政府主義者かあ。皇帝陛下を敬愛するわたしとしてはそんなものを受け入れられないというか……


「ルーシーさん。なんでも海賊が黒地に白いどくろの旗を海賊旗として使っていたのが由来だそうですよ」


「海賊かあ。禁酒法なんてものを定めるアメリカ政府には抵抗したいけれど、皇帝陛下は裏切れないし……」


「ですよねえ、ルーシーさん。その気持ちわかります。自分も皇帝陛下は敬愛していますからね。昔の海賊にもそんな気質の海賊がいたそうですよ。当時のイギリス女王のアンにちなんだクイーン・アンズ・リベンジ号なんて名前の船で海賊行為をしていた黒ひげなんて海賊もいるそうですし」


「へええ、アドルフさんはいろんなことを知っているのねえ」


「これでも美大落ちですからね。多少のデザインの心得はありますよ」


 そういえば酒の席でそんなことを言っていたな。


「ルーシーさん。アメリカ政府には敵対するけれども皇帝陛下は敬愛する無政府主義があってもいいんじゃないですかねえ。それこそ皇室を操り人形にして私腹を肥やす政府関係者はいくらでもいたわけですし」


「なるほどお。しかし、黒旗ですか、アドルフさん。そう考えてみるといいアイデアかもしれませんね。なによりシンプルでわかりやすい。これはいけるかもしれませんね」


「そうなんですよ、ルーシーさん! アートってのはわかりやすくてはならないんです! それなのに自分を不合格にした美大のお偉いさんは! なにが『丹念な描写に情熱を注ぐものの独創性に乏しい』ですか! あんなわけのわからない退廃芸術だのシュールレアリスムだのをありがたがっている連中はなにもわかっちゃいないんだ。今に見ていろ。あんな奇をてらっただけの落書きを叩き潰してやる!」


 わあ。アドルフさんったら変なスイッチが入っちゃったみたい。お酒の酔いはさめたみたいだけれど、芸術の話になると途端に早口になっちゃった。アーティストってこういうものなのかしら。


「そんなアドルフさんはどんな絵を描くんですか? 今度見せてくださいよ」


「いや、そんなのダメですよ。自分の絵なんてとても人に見せられたものじゃありません!」


「いいじゃないですか、アドルフさん」

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