第10話戦車乗りの少女・禁酒法時代アメリカ
「とりあえず、戦車の生産に我がフォード社が参入できるかな。ルイーズさん。戦車のメカニズムを教えてくれるかな」
「は、はい。わかりました。ええと、ヘンリーさん。無限軌道ってわかりますか」
「もちろん。舗装されていない悪路の走行にはもってこいのシステムだからね。我が社でも無限軌道を搭載したトラクターを製造しようとしたんだけれど、すでに無限軌道に特許が取られててねえ。我が社のトラクターに無限軌道を搭載しようとしたら法外なライセンス料を払わなければならないんだ。こういう自分の利益だけを求めるようなまねは辞めてほしいねえ。どうせ悪徳金融家のユダヤどもが裏で手を引いているに決まっているんだ」
なんですって! 戦車を作ろうと思ったら無限軌道の特許使用料を払わなければならないですって! ということは……戦争が大規模になればなるほど武器商人が儲かるってことじゃない。そんなあくどいことを考えるのはユダヤのごうつくばりに決まっているわ。
「まったく、僕がベルトコンベア式組み立てラインで自動車を作り始めた時、『この方式で特許を取れば大儲けですよ』なんて声もあったんだよ。実際、あのときの自動車業界は特許でがんじがらめだったからね。しかし、僕はそれをしなかった。この大量生産方式を誰もが自由に使えるようにした方が自動車業界の発展になると思ったからね」
まあそんなことが。金だ金だなんて言っている金の亡者のユダヤ人に聞かせてやりたいお言葉ですわ、ヘンリーさん。
「例えばエックス線を発明したレントゲンは特許権を主張しなかった。それが医学のためになると信じたからだ。実にすばらしい。自分の利益しか考えない拝金主義のユダヤ人には『奉仕を主とする事業は栄え、利得を主とする事業は衰える』と言いたいね」
素晴らしいお言葉ですわ、ヘンリーさん。大勢の人が死んでいるヨーロッパ戦線のおかげで儲けているユダヤは恥を知るといいんですわ。
「法律ですか。そうなると私は力になれそうになれませんね。私ができることは戦車の生産出会って、特許権とかライセンス料とかいう話にはからきしですからね、ヘンリーさん」
「ああそれなら心配いらないよ、ルイーズさん。僕は戦車を合法的に売る気はないからね」
ええ、それってどういうことですか、ヘンリーさん。
「ルーシーさん。きみのビール販売業は禁酒運動のあおりでずいぶん下火になっているそうじゃないか。だから『ブロージット』なんて新規事業に手を出したと」
「その通りですが、ヘンリーさん」
「そして、州によっては法律で酒が規制されたところもある。そんな州ではヤミの密造酒が出回っているそうじゃないか」
そうなんですよ、ヘンリーさん。まったく酒そのものを禁止するなんて何を考えているんでしょうか?
「今ですらそうなんだ。もしアメリカ全土に禁酒法なんてものが施工されるようになったら、さぞや密造酒で儲ける連中が出てくるだろうね。売春なんてもので違法に稼いでいるイタリアンマフィアとかが」
「ヘンリーさんもそう思いますか? わたしもそうなんです。禁酒法なんてものが制定されたら治安が悪化するだけだって」
「ほう、ルーシーさんもそう思うかね。そうなれば、マフィアを抑え込もうと警察が武力を強大化させるだろうね。となると、そこに戦車の需要が発生する。マフィアの連中がおとなしく特許料なんてものを払うと思うかい?」
まあなんてこと、ヘンリーさん。マフィアに戦車を売るですって?
「僕はね、マフィアに戦車製造のノウハウを教えるつもりなんだ。ライセンス料なんてものを無視して戦車を製造するなんてあぶないまねはマフィアの連中に任せるよ。その戦車の燃料にはルーシーさんが作ってくれたアルコール燃料を使ってもらう。となると、石油で一発あてたユダヤの成金はガソリンが売れないね。となると、ユダヤとマフィアが敵対するだろうね。ガソリンを売るために禁酒運動を扇動するユダヤと、密造酒を製造するマフィアが」
「となると、ヘンリーさんは当然……」
「マフィアに味方するよ。正直言ってマフィアの連中は好きになれないが、ユダヤの連中は大嫌いだからね。ユダヤのビジネスを邪魔できるなら喜んでマフィアと手を組むさ。そのためにはルーシーさんにじゃんじゃんお酒を造ってもらわなければならない。飲用、燃料用の両方をね」
禁酒運動が盛んになっているこのご時世にあたしがお酒を思う存分に造れるだなんて!
「もちろん、僕はアルコール燃料を我がフォード社の自動車にも採用したいと考えている。そのためのエンジン開発に協力してくれるね、ルーシーさん」
「当然ですわ、ヘンリーさん!」
にっくきユダヤの石油事業を、わたしのお酒で叩き潰せるだなんて。考えただけでわくわくしてきちゃう! 見てなさいユダ公ども。あんたらの薄汚い油にわたしの皇帝陛下お墨付きのお酒が負けるものですか!
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