第9話戦車乗りの少女・禁酒法時代アメリカ

「それでお父様、戦車をおつくりになるんですのね。それなら任せてください。わたしの新規ビジネスが大当たりしまして、もうがっぽがっぽなんですから」


「ほうそうなのか、ルーシー。実はな、父さんには反ユダヤ主義ネットワークがあってだな。結構な政財界の大物とパイプがあるんだ。ルーシーが父さんのいない間にそこまでビジネスで大成したというのなら、ルーシーを父さんの秘密クラブに紹介しようと思うんだが……」


「ぜひ紹介してくださいまし、お父様。実際に戦地に行くようなお父様と違って、戦争があればいの一番に逃げ出して金貸しなんていやらしい商売でお金もうけに走るような下種なユダヤ人をさげすむステキなクラブの一員にわたしもなりたいですわ」


「そうかそうか。誇り高いドイツ系である父さんの娘であるルーシーならそう言ってくれると思っていたぞ。そんなルーシーにぜひ紹介したい人物がいるんだ。ヘンリー・フォードさんなんだが……」


 ヘンリー・フォード! 大量生産の自動車でアメリカビジネス界に革命を起こしたあのヘンリー・フォードさん!


「お父様! ヘンリー・フォードさんもユダヤ人嫌いですの?」


「そうだよ。それもごりっごりの。じつはかねてから相談されていたんだ。『自動車を普及させたことはこのヘンリー・フォードの最大の誇りだが、それによってガソリンの需要を増大させ、オイルメジャーのユダヤのクソ野郎どもを肥え太らせたことはこのヘンリー・フォードの最大の恥である』なんてね」


「まあまあ、お父様。それこそわが家業の出番じゃありませんこそ。アルコール燃料がガソリンを駆逐すれば、石油なんて油で丸々太った成り上がりユダヤ人を破滅させられますわ」


「そうか。それではルーシーをヘンリーに紹介するとしようかな。ルイーズも来てくれ。ヘンリーに戦車のメカニズムを説明してもらいたい」


「わ、わかりました。ご一緒させてもらいます。ルーシーさん」


 ルイーズも同行するとなると……


「アドルフさんもご一緒なさいますか」


「いやそんな、ルーシーさん。自分みたいなものがヘンリー・フォードさんみたいな偉大なビジネスマンと会うなんて恐れ多い……」


「またまたあ、アドルフさん。昨夜の宴席でのアドルフさんのユダヤ人排斥の演説はすさまじかったわよ。あれだけのご高説をされたんですもの。いっしょに行かないなんて言わせませんわ」


「いや、そんな……自分はお酒に酔うと記憶がなくなってしまうたちでして……ですから自分はお酒は控えるようにしていたんですが……自分は昨夜に何をしでかしたんですか?」


「いいからアドルフさんも一緒に来るの!」


「そんなあ、勘弁してくださいよ、ルーシーさん」


 さて、そんなこんなでフォード・モーターに到着したわ。むうう。見れば見るほど大きな会社ね。あたしもいつかはこんな大会社を作ってみたいわ。


「ラインハルト! ラインハルトじゃないか! どうしたんだ。ヨーロッパ戦線に行っていたんじゃあなかったのか! わが社に来るなら連絡してくれればよかったのに」


「いや、ヘンリー。久しぶり。すこし訳ありでアメリカに舞い戻ってきたんだ」


 わ、お父様があのヘンリー・フォードとあんなに仲よさそうにしてる。ラインハルト、ヘンリーなんて名前で呼び合う間柄なんだ。なんだか信じられない。


「それで、ラインハルト。今日はどうしたんだ」


「それが例の一件なんだ、ヘンリー。われわれの秘密クラブの話。いっしょに連れて来たのは娘のルーシー。そしてヘンリーもうわさくらい聞いているだろう、戦車の話。その戦車のエンジニアのルイーズ。さらに僕の命の恩人であるアドルフ君だ。三人とも秘密クラブ入会の資格が十分にあることはこの僕が保証する」


「ラインハルトがそう言うのなら……では、こんなところで立ち話でする内容でもないから社長室にどうぞ」


 きゃあ。ヘンリー・フォード様が社長室に案内してくださるなんて! うれしくてどうにかなっちゃいそう!


「ここが社長室だ。ええと、ラインハルトの娘さんのルーシーさんだったね。ブロージットの話は聞いてるよ。まだ若い娘さんなのにたいしたものじゃないか」


「え、フォードさん。わたしのブロージットを御存じなんですか」


「ヘンリーでいいよ、ルーシーさん。デトロイトとシカゴは五大湖沿岸ですぐ近くだからね。ここデトロイトのすぐ近くでなんだかおもしろいことをやっているお嬢さんがいるなんてことは耳に入ってくるよ。なにせ、ビジネスは情報が命だからね。しかもそれがラインハルトの娘さんと来た。これは近いうちに会わなければいけないなと思っていたんだ。会えてうれしいよ、ルーシーさん」


「こ、こちらこそ自動車王であるフォードさん……ルーシーさんに会えて光栄です」


「それじゃあ、さっそくビジネスの話といこうかな。いや、いくらなんでもヨーロッパ戦線があそこまで長引くとは予想外だった。そのうえ戦車なんて新兵器が登場したんだもんなあ。これはぜひともわが社で戦車を作って同盟国であるイギリスやフランス連合国に貢献しなくてはと考えていたんだ……おっと、失礼。ラインハルトを前にして失言だった」


「構わないよ、ヘンリー。僕たちにはヨーロッパ戦線よりも重大な目標があるだろう」

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