第8話戦車乗りの少女・禁酒法時代アメリカ

「お父様! タンクみたいな兵器知りませんか? 無限軌道の付いた農業用トラクターに大砲付けたような兵器」


「ルーシー。あんまり大きな声を出さないでくれ。二日酔いで頭がガンガンするんだ。昨晩、お父さんたちはアメリカの我が家に帰ってきたってことで飲み明かしたんだから」


「何よ、お父様。あれくらいのお酒で情けない。ゲルマン魂はどうされたんですか」


 そんな情けないお父様にはあたし特製のブロージットを飲ませまして……


「お父様、それでタンク……」


「おおルーシー。もうタンクのことを知っているのか。ヨーロッパ戦線のことをアメリカにいながら知っているとは情報通だな。さすが我が娘だ」


「お父様、水槽が兵器ってどういうことですの?」


 タンクって水槽のことでしょ。それがどうして兵器になるの? わけがわからないわ。


「なんだ、ルーシー。戦車のことを知っているんじゃないのか。簡単に言うとだな、それこそお前の言う通りの無限軌道の付いた農業用トラクターに大砲付けたような兵器がヨーロッパ戦線で暴れまわっているんだぞ。戦車にかかれば塹壕からの機関銃砲撃もなんのそのだ。英語でタンク。ドイツ語でパンツアー……」


「戦車! パンツァー!」


「何だ、ルーシー。いきなり大声を出して。そうだパンツアーだ。装甲が転じたんだな」  


 ガールズアンドパンツァーとはそういう事だったのね。しかし、あの中国人の小娘は何者なのかしら。ヨーロッパ戦線での最新兵器である戦車の映像をあんな小さな画面で。それもあんなやたら目が大きい絵で。


「実はなルーシー。お父さんは軍にアメリカでの戦車開発を命令されたんだ。お父さんがアメリカでビールを作ってるなんてことが軍に知れ渡ってだな。『そうか、酒か。ちょうどいい。燃料用アルコールを作って来い』なんてことになったんだ」


「でもですね、お父様。戦車を作れなんて言われても、うちは造り酒屋なんですのよ。燃料用アルコールならまだしも、戦車本体を作れと言われましても……」


「それなら心配ない。フランス人の戦車設計技師もヨーロッパ戦線から連れて来た」


 むむ、フランス人。わたしの敬愛するドイツ皇帝ヴィルヘルム二世の宿敵フランス人。そんなやつと協力できるかなあ。と言うよりも……


「お父様はドイツ軍人として戦っていられたんでしょう。フランス人って敵じゃないですか。なんでそんなフランス人とお父様がいっしょに帰られたんですか?」


「それには深いわけがあってだな、ルーシー。と言うよりも本人に聞いた方が早い。都合があって遅れて来たんだがそろそろ来るんじゃないかな。おお、きたきた。おおい、ルイーズ。こっちこっち」


 ルイーズ?


「は、初めまして。ルイーズです」


「お父様、女の子じゃない。女の子が設計技師なんてできるんですか!」


「何を言うルーシー。お前だって女の子じゃないか。それなのに、りっぱに家業であるビールづくりをやっているじゃないか」


「それはそうですけれども、お父様」


 フランス人ってワインでしょう。ビールを愛するドイツ人のわたしたちと仲良くできるかなあ。


「その、ルーシーさん。初めまして。フランス人だなんて紹介されましたけれど、私はアルザス=ロレーヌの出身で。あそこはドイツとフランスの国境で。私は自分はドイツ人なのかななんて思っていましたんですけれど、なんだかヨーロッパ戦線で私はフランス人だってことになっちゃって。そこで男が戦場に行ったからって戦車づくりをすることになって……」


「アルザス=ロレーヌ……たしかプロイセン王国が憎たらしいフランスを普仏戦争でやっつけて栄光あるドイツ帝国の一部になったのよね。おっと、これは失言」


 ついついフランスの悪口を言ってしまったわ。こんなことをフランス人のルイーズに言っちゃったらそれこそ普仏戦争が今ここで起こりかねないんだけれど……


「そうなんですよ、ルーシーさん。私はドイツ皇帝ヴィルヘルム二世陛下を敬ってドイツ語を話していたんですよ。もちろん食事はビールにフランクフルトソーセージです。それなのに、サラエボ事件だかヨーロッパ戦線だか何だか知りませんけれど戦争ってことでかってにフランス人にされて、共和制なんてものの一員にされてフランス語をしゃべらされたんです」


「ということはお食事も」


「もちろんワインにクロワッサンですよ。あんなもの食事じゃありませんよ。ああ、思い出しただけでいまいましい。ルーシーさん。あなたのご自慢のビールを飲ませてもらってもよろしいですか」


「どうぞどうぞ」


 ほほう。ルイーズさんはワインにクロワッサンはお気に召しませんか。


「ああ、これですわ。この味わいを何度夢に見ましたことか。ルーシーさん、このビールはドイツ皇帝ヴィルヘルム二世陛下の発令されたビール純粋令にのっとって作られたものですね」


「そうよ。我が家はアメリカでもドイツ皇帝ヴィルヘルム二世陛下の禁を犯すようなまねは致しませんわ」


「やっぱり。こんな本当のビールをアメリカで飲めるとは思いませんでしたわ」


 あらまあ、ルイーズさんっていい子じゃない。


「ルイーズさん。わたしたちアメリカ人として仲良くなれそうね」


「私もそう思っていましたわ、ルーシーさん」


 


 

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