第5話酔い覚ましの水・禁酒法時代アメリカ
「いいですよ、これ。ルーシーお嬢さん」
「いや、前々からね、大の大人が岩塩をペロペロしている姿はプロ野球選手としてどうかななんて思っていたんですよ」
「これで練習にますます身が入りますよ。練習中の水分補給禁止なんて言っているナンセンスな連中には負けません」
「僕たちフェデラルリーグがナショナルリーグやアメリカンリーグに成り代わる日も近いですね」
わたしの特製ドリンクであるブロージットは選手たちにも好評だった。当然よ。
「ルーシーお嬢さん。それではわがシカゴホエールズにブロージットを無料で提供していただく代わりに……」
「チャーリーのシカゴホエールズの選手には人前ではブロージット以外を飲まないと言うことで……ああ、うちのビールはじゃんじゃん飲んでいいわよ」
「商売上手ですね、ルーシーお嬢さん。しかし、この禁酒運動がどうなりますかねえ」
その禁酒運動が問題なのよね。
「それと、チャーリー。お願いがあるんだけれど」
「なんですか、ルーシーお嬢さん」
「あなたのシカゴホエールズのホームグラウンドにうちのビール醸造所を作らせてちょうだい。そこで作ったビールを球場で販売させてもらうわ」
「それはまた……この禁酒運動がさかんなご時世にたいした心意気と言いますか……」
「野球観戦と言えばビールでしょ。あたしはドイツ系だけれど、スポーツでは野球が一番好きよ。その野球観戦にビールがないなんてうそじゃない」
「ルーシーお嬢さんには負けましたよ。いいでしょう。シカゴホエールズは、ビールを飲めながら観戦できるチームであることを確約します」
あたしとチャーリーの契約を聞いていた選手が騒ぎ出した。
「うひょー。ってことは、このブロージットだけでなくビールも飲み放題ってことですかい、ルーシーお嬢さん」
「いやいや、これはとんでもないスポンサー様の登場ですな」
「ルーシーお嬢さん。俺たちシカゴホエールズ選手一同は断固として禁酒運動に反対いたします」
「異議なし!」
「で、チャーリー。あなたのところのシカゴホエールズがフェデラルリーグで優勝したら……」
「そこはお任せください。なんとしてもアメリカンリーグとナショナルリーグの優勝チームとの三つ巴戦を実現させて見せます。そのためには……」
「あたしがブロージットを売って売って売りまくればいいわけね」
「さすがルーシーお嬢さん。物分かりが良くて助かります」
「チャーリー。あなたこそ、練習中の水分禁止なんてナンセンスという風潮を広げてちょうだいよ」
「それはもう。ボンボン貴族のアマチュアスポーツがいかに甘ちゃんスポーツかってことを思い知らせてやりますよ。あいつらアマチュアは、『スポーツは貴族の余暇の楽しみ。それで金を稼ぐプロフェッショナルとは下賤なふるまい』なんて高尚ぶっていますからね。スポーツで金を稼ぐプロフェッショナルってものを教えてやりますよ」
その調子よ、チャーリー。
「だいたい、あいつらアマチュアはオリンピックなんてアマチュア仲良しクラブというものを作ってわれわれプロフェッショナルを締め出していますからね。本音ではプロとアマがガチンコで戦ったらプロの圧勝だってことがわかっているんですよ。それをアマチュアリズムなんて言葉でごまかしているんです」
そうよ。貴族様って連中はなにもわかっちゃいないのよね。そもそも今ヨーロッパで起こっている戦争だって、サラエボでオーストリアの皇太子が暗殺されたことが原因だって言うじゃない。それがなんでここまで話が大きくなるのよ。
そのオーストリア皇太子はいろんな国の王族と親戚で、国と国とが戦いになるから下々の人間は国のために戦いなさいですって……冗談じゃないわ。なんでそんなあったこともないようなお偉いさんのために民衆が命を張らないといけないのよ。
あ、でもドイツ皇帝ヴィルヘルム二世は別よ。ドイツ皇帝はビール純粋令をだしてまがい物ビールを駆逐してくれたんだから。その皇帝陛下のためにも禁酒運動には断固反対しなきゃ。
あくまでブロージットは一時しのぎよ。わたしの家業のビール造りを途絶えさせてなるものですか。でも、最近の禁酒運動家には過激な連中もいるみたいだし……
それにもし、禁酒が法で定められたら官憲がうちの酒蔵をぶっ潰しに来るのよね。それに抵抗するためには武力がいるわね……武力かあ。うちにも自衛の銃くらいはあるけれど、それじゃあ少しこころもとないし……
ああ、ヨーロッパ戦線にその身を投じたお父さま。早く帰ってきてくださらないかしら。そうしたら、ヨーロッパ戦線でどんな最先端の武器が使われていたか質問するのに。
国家がわたしたち酒造メーカーを弾圧するのなら断固として抵抗しなきゃ。そのためにはなによりもまず武力よね。その証拠がヨーロッパ戦線よ。敗戦国になったらどんな無理難題を戦勝国に言われるかわかったものじゃないわ。わが祖国ドイツに栄光あれ!
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