第4話酔い覚ましの水・禁酒法時代アメリカ

「こんにちわ、チャーリー。どう、調子は」


「これはこれは、ルーシーお嬢さんじゃないですか。どう、お嬢さんのお店もわが第3の野球リーグ、フェデラルリーグのチームであるシカゴホエールズとスポンサー契約しない?」


「それもいいんだけどね、チャーリー。今日はサプライヤー契約の話に来たのよ」


「そいつはいいや。優勝祝いのビールかけはルーシーお嬢様特製のビールで決まりだ」


「チャーリー、まじめな話なのよ」


 チャーリーは小娘に過ぎないあたしの話を面白がってよく聞いてくれる。ナショナルリーグとアメリカンリーグの2リーグ制だった大リーグになんてものが作られるなんて話を聞くと、さっそくここシカゴにシカゴホエールズなんてチームを作った。


 あたしもよくビジネスの話を聞かせてもらったんだ。うちのビールを手土産にして。


「チャ-リー、とりあえずこれを飲んでちょうだい」


「おいおい、ルーシー。まだ平日の真っ昼間だぜ。一杯やるにはまだ早いよ」


「チャーリー、これはお酒じゃないの」


 あたしがそう言うと、チャーリーはあたしが差し出したドリンクのにおいをクンクンと嗅ぐ。


「どうやらそのようだな。どうした、禁酒運動に白旗を揚げたのか。ルーシーの誇り高いジャーマンっ子魂を俺は気に入ってたんだがな」


「まあ、禁酒運動に影響されてこれを開発したってのは事実ね。まずは飲んでちょうだいよ、チャーリー」


「へいへい、おおせのままに……これは! しょっぱいと言うか、甘いというか、妙な味だな」


 そうよね、チャーリー。こんな飲み物飲んだことないわよね。


「チャーリー、以前言っていたわよね。あなたがシカゴホエールズを立ち上げたのは昔のやり方を押し付ける頭の固い老人の言うことになんて従っていられないからだって」


「そうだよ、ルーシー。まったく、あの老害ったら。なにが『練習中は水を飲むな』だ。汗を流したら、水分と塩分を補給。そんなの一度でも炭鉱で働いたらわかることなのに。これだから、大学でお上品なアマチュアスポーツをやっていたエリートはいやなんだ。あいつら、俺たちプロ野球選手を職業野球選手だなんてバカにしやがって。あんなスポーツを大学での思い出作りにしか考えていないようなやつらが金を持っているんだからタチが悪いよ」


「そうよねえ、チャーリー。スポーツをビジネスのための経験づくりくらいにしか考えていないような連中が、ハーバードの経営学修士を取ってウオール街で現場の上前をはねて巻き上げた大金で球団経営者だなんていばられるなんてたまったものじゃないわよね」


「さすがわかってるじゃないか、ルーシー。やっぱり現場でモノを作っている人間は数字しか見ない経営陣とは違うよ」


 いまあたしの目の前にいるチャーリーもプロとしての誇りを持っている人間だ。そんなチャーリーならあたしの考えをわかってくれる。


「チャーリー。あなたのチームでは練習中に自由に水分を取らせて岩塩をなめさせているらしいわね」


「そうだ。肉体労働のさいには適切な水分と塩分の補給。そんなの炭鉱労働者の間じゃあ常識だぜ。それなのに、ナショナルリーグでもアメリカンリーグでも練習中は水を飲むなってコーチが口やかましく言ってきやがるんだ。けっ、自分で学費も稼いだことのない連中が偉そうなこと言いやがって」


「チャーリーは炭鉱労働で大学の学費を稼いだのよね」


「そうだ。現場で鍛え上げた筋肉はお坊ちゃんのボンボンマッスルに負けやしないんだ。練習中に水分と塩分さえ補給出来たら。それで俺はこのままじゃこころよく俺をプロ野球チームに送り出してくれた炭鉱仲間に顔向けできないってんで新しくできた第3のフェデラルリーグにシカゴホエールズを作ったんだからな」


 その話は何度も聞いたわ。あたしの手土産のビールで酔っ払ってのお話でね。


「で、このドリンクよ、チャーリー。適切な割合の塩分が含まれたドリンクがあればいちいち岩塩をなめる必要はないと思わない? エネルギー補給のための糖分も配合してあるわ」


「なるほどお。岩塩を水に溶かしちまったってことか。良く気付いたな、ルーシー。さすが未来の敏腕酒造メーカー社長だ」


「まずは、チャーリーのところのシカゴホエールズの選手に協力してもらって、製品開発をしていきたいの。やっぱりプロの野球選手の声も聴きたいから」


「で、製品が完成した暁にはルーシーお嬢さんの特製ドリンクをうちの選手が客の前でうまそうに飲めばいいってわけか。『肉体労働の際にはこのいっぱい』って」


「そうよ。シカゴホエールズにはうちの製品の広告塔になってもらうわ。そのためにもじゃんじゃん勝ってもらうわよ」


 うちのドリンクを飲むんだから強くなってもらわないと困るわ。


「そういうことなら協力するけれど……ルーシー、ドリンクの名前はどうするんだ。商品を売るにはネーミングも大事だぜ」


 名前かあ。やっぱりドイツ語での乾杯よね。「ブロージット!」

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