第3話酔い覚ましの水・禁酒法時代アメリカ

「ここはどこ! あなただれ!」


「ルーシー、やっと起きたのね。昨日はあんた酔っ払って大変だったんだから。ほら、早く顔でも洗ってきなさい。そして酔い覚ましの水でも飲むことね」


「あ、お母さま。わたし眠ってたの?」


「そうよ。それはもうぐでんぐでんに酔っ払っていたんだから」


 あれは夢? それにしては妙にリアリティがあったような……あのしょっぱいのか甘いのかよくわからない味。塩に砂糖……


「お母さま、ちょっと台所使うわよ!」


「なんなのもう、せわしないわねえ」


 あの味を自分で再現しないと。あの二日酔いの体にしみわたる何とも言えない味を。


「むうう、ああでもないこうでもない。しょっぱすぎる。今度は甘すぎる」


「何をしているの、ルーシー? 塩に砂糖? 新しいカクテルでも開発しているの?」


「違う! あたしが作っているのはお酒じゃないの!」


「へええ、ルーシーがお酒造り以外に興味を示すだなんて。何があったのかしらね」


 あったの! あれは絶対に夢じゃなかったんだから。


「どれどれ、お母さんにも味見させてごらんなさい……これは……甘いというかしょっぱいというか。最近できた中国料理のお店で食べた料理がこんな味だったかしら」


「お母さま! いま中国料理って言った!」


「言ったわよ。中国だとこんな感じの味付けの料理するのよね。『あまから』なんて言っていたかしら」


 中国の味付け! あたしはそんなもの知らなかったのに、その中国の味付けを再現してしまった。やっぱりあれは夢じゃなかったんだ。あの中国人の小娘。あたしに何を飲ませたんだ?


「それにしても、ルーシー面白いものを作ったじゃない」


「そう? 二日酔いでひどい頭痛がする時にはいいと思ってね、お母さま」


「それにしても、塩分に糖分かあ。二日酔いにいいってことは炎天下の肉体労働者向けにいいかもね?」


 ???


「どういうこと、お母さま」


「どういうことって、ルーシー。あんた、蒸気機関車で石炭くべている人や、暑い中炭鉱で石炭掘ってる人が岩塩なめてるの知らないの? 汗には塩が含まれているから、汗を書いたら塩分を取らなきゃいけないのよ。もちろん水分も取らなきゃいけないけれどね」


「それよ、お母さま」


「それって何なの、ルーシー」


 もう、お母様ったら。にぶいんだから。


「お母様、汗を流して失われた塩分に水分を同時に補給できるとなれば、こんなに便利な飲み物はないわ。禁酒運動なんてものが盛んになった今、我が家はこれで勝負をかけるのよ」


「まあ、ルーシー。そんなことお父様がお留守の間にして……」


「いいの。さあ、お母様。じゃんじゃん製品開発をしていくわよ!」


 しかし、新商品開発となれば消費者へのアンケートも欠かせないわね。そういえば近所にダム建設に出稼ぎに行ったボブがいたわね。話を聞きに行ってみよう。


……


「ボブ、ちょっといいかしら」


「これはルーシーさん。どうしましたか?」


「ボブってダム建設に行ってたんでしょう。やっぱりきつかった?」


「それはもう、きついなんてものじゃありませんでしたよ。なにせ炎天下でこきつかわれるんですからね。ダム建設ですから、のどが乾いたら水はいくらでも飲めるんですが……なんだか飲めば飲むほど疲れがたまっていくような気がしましてね」


 ほう、そんなことが。


「ボブ、水を飲むだけだったの。岩塩なめたりしなかったの?」


「岩塩? そんなものなめやしませんよ」


 岩塩をなめなかった。これは実験の必要があるわね。


「ボブ、あたしの実験に協力しなさい」


「はあ、出稼ぎから帰ってきたところで暇ですからいいですけれども」


 よし、肉体労働者に売るなら肉体労働をしないと。あたしの家に戻ってと。


「お母さま、なにか家事ですることはない?」


「なんですか、ルーシー。いきなり出ていったと思ったらまた戻ってきて。家事なら庭の草が伸びているから草むしりでも……」


「草むしりね、わかったわ、お母さま」


「ルーシー、なにもこの暑いさなかにやらなくても……」


 わかっていないわね、お母さま。暑いさなかにやらないと実験にならないじゃない。


「まずは、塩分も糖分も入っていない水を好きなだけ飲める状況で炎天下の肉体労働をしたら……ボブ、あんたもやるのよ」


「まあいいですけれどね、ルーシーさん。あとで酒飲ましてくださいよ」


 えっちらおっちら草むしりっと……むむむ、これはボブの言う通りね。水を飲めば飲むほどなんだか体がだるくなっていくわ。


「ボブ、中止よ。このルーシー特製ドリンクを飲みなさい。わたしも飲むから」


「特製ドリンク! 酒ですかい、ルーシーさん……酒じゃない。なんですか、これ。甘いでもなく、しょっぱいでもなく、変な味ですが……」


「いいから! それで、体の調子はどう、ボブ?」


「言われてみれば、なんだか楽になった気がします、ル-シーさん」


 よし、いける。では次はイメージ戦略ね。そのためには、ここシカゴの野球チームを利用してやる。

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