第2話 不老不死
次に目を覚ますと広がった景色は一面、白だった。
「おいまたかよ…。」
俺は呟きながらまず分かることを確認した。
とりあえずあの謎の空間と違うのは背中の感触。ふよふよ浮いてるわけでもなく、影の認識もできる。要は、きっと俺はどこかの部屋にいて、誰かさんのベッドで寝ている。そこまでわかれば儲けものだ。俺はさらに情報を求め、起き上がろうとした。
「いっっってぇぇぇぇぇ!!!!!」
突如走った痛みに俺は思わず叫んだ。
どこが、というわけでない。とにかく全身が痛いのだ。足が、腕が、お腹が肺が心臓が顔が頭が、やけどにあったように熱く、そして針で刺され続けているかのように痛い。
俺はそんなバグりきった頭で彼女の言葉を何故か冷静に思い出していた。
不老不死だが痛覚はある。
そんな言葉を。
それじゃあやっぱりあのとき、俺は森に落ちて、そのまま地面にダイブしたのだ。間違いない。この痛みがわかりやすく教えてくれている。
そんな事を考えながら痛みに悶ていると、急にバン!と音がして、コツコツと室内に足音が響いた。
「だ、れっ、だ…。」
誰でもいい、助けてくれ、この痛みから開放してくれ。と、俺は懇願するように誰かを見上げた。
「しー、静かに。ゆっくり息をして。すぐ終わらせて、あげるから。」
誰かはそう言いながら俺の目元を手で隠すと、なにかを唱えだした。俺はその、鈴のようなか細くきれいな声と、手の冷たさを心地よく感じ、すっと自然に目を閉じた。
「ーーーー。……。ー、ーー。」
誰かの言葉は子守唄のようで、俺は気づけば全身の力を抜いていた。それは、痛みがすっと消え、俺の視界が明転した後も続いた。
「ねぇ…ねぇってば。まだ、痛むの?」
だから声をかけられていたことに全く気づかなかった。
「え、あ、申し訳ない。」
俺は素直に謝り、上体を起こした。
「やっ、そんな急に起き上がったら…。」
誰かの正体は、とても可愛らしい女性だった。
彼女は、よっぽど俺が起き上がるのが想定外だったのか、頭にかぶっている黒いトンガリ帽のつばをギュッと握り、顔を隠している。その隙間から見える少しとんがった耳は、羞恥を示すように真っ赤になっている。その姿は非常に愛らしく、思わず抱き締めたくなるほどだった。
「可愛い…。」
おっとしまった、つい口から本音が漏れてしまった。しかし、このうさぎのように愛おしい存在を前に、声を抑えることなんて無理だった。
「ふぇっ…!?」
俺の言葉を聞き更に耳を赤くし、彼女はより手に力を込める。そのうちつばに皺ができそうだ。
おぉ、いかんいかん。この未知なる可愛い存在にすっかり気を取られていたが、お礼をせねば。
俺は頭を振り、ゆっくりとあたりを観察した。天井は白かったが、それ以外は木製の素朴な部屋だ。サイズも小さく、あるのは俺がいるベッドと、彼女の座る椅子、そしてそよそよと心地よい風の入る窓のみだ。
よし、だいぶ落ち着いた。
俺は一度深呼吸をした後、彼女に話しかけた。
「えぇっと…さっきはごめん。それと、ありがとう。俺を助けてくれたの、君だろ?」
彼女の肩が俺の声に反応し、一瞬ビクリと跳ねると、彼女はコクコクと頷き、ゆっくりと話しだした。
「私が果物採ってたら、貴方、突然空から降ってきて、私の目の前に落ちた。」
おぅ、まじか。あと一歩で巻き添えにしてたかもしれないのかよ。
「私、死んじゃったのかと思って、木の枝でつついたら息してたから、急いで浮かせて運んだの、私の家に。」
どんな生存確認の方法してんだ。俺虫かよ。
「すごい傷だった。でも私治療の魔法、使えないから、とりあえずベッドに寝かせて、待ってた。そしたら、ぐちゃぐちゃだった貴方の体、何故か時間を置くと、元に戻ってきてて、私驚いて、水かけたの。」
「なんで!?」
俺は我慢しきれなくなって思わず声を張った。彼女は、恥ずかしさに耐えられなくなったのか、ぷい、と横を向いた。
「なんか息、か細かったし、それに人間は水、かければ生き返るかもって。」
「どこで得た情報なんだよそれ…。」
「とっ、とにかく、私は質問に答えたから。今度は貴方の番。どうして空から降ってきたの?」
「それは、話せば長くなるんだが…いいか?」
「もちろん、教えて。」
彼女は先程までとはうってかわって、つばから手を離し、彼女の体全体を覆うこれまた黒のローブから、メモ帳とペンを取り出した。どうやら、彼女は勉強熱心らしい。ようやく見えた空のような水色の瞳を、宝石のようにキラキラ輝かせて、赤ちゃんのように真っ白で柔らかそうな頬を紅潮させている。ちらりとたまに視界の端に映る真っ黒な髪は、蛇のようにうねうね動いているように見えた。
そんなに期待されるような話じゃないんだがな。
俺は彼女の期待に不安を感じ、苦笑して話し始めた。
「元々俺はな、ここじゃない世界で暮らしていたんだ。それで…。」
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