第1話 希望のその先

次に目をさますと、何もなかった。

白という色の判別はつくが、どこに目をやろうが影なんてものはなく、壁なるものも存在しているのかいまいちわからない。わかることといえば、俺は少なくとも地面に足がついていないことぐらいだ。

もしかしたら永遠とこのままだったりして。

そんなことが頭をよぎって、俺の背筋はぞわりとした。


「あーテステス。聞こえますか?」


しかしそんなことは杞憂だとでもいうかのように、どこからか声が響いた。すべてを包み込んでくれるような、そんな優しくもしかし芯のあるソプラノの声だ。


「あれ、聞こえてないかな?どっかの力加減ミスったかも…。」


彼女は俺の返事がなかったせいか、数秒の沈黙の後、焦ったように独り言を呟いた。

一体、声はどこから聞こえて、彼女はどんな存在で、俺はどうなったのか。考えるだけでわくわくする高揚感を抑えながら、俺は声に答えた。


「聞こえてるよ。」

「えぇっ!なら、もっと早く返事をしてくださいよー。なんかやらかしたかと思ったじゃないですか。」

「申し訳ない。ちょっと状況が把握しきれなくて。」

「状況把握?人間は考える葦、なんて言ってた人いましたけど、本当にそうなんですね。興味深いです。」

「人間、か。」


まるで自分はそうでないと言うかの口ぶりだ。こんな空間にいるくらいなんだから、今更何があったって疑問に思ったりはしないが、非常に面白い。


「あれ、人間じゃないんでしたっけ?」

「いやまさか。人間として生き、人間として死んだつもりだ。ただ、君の言い方だと人間じゃない存在もいるのかななんて思ったんだ。」

「そりゃ、いますよ?現に私、あなた達の言う…んー、神?みたいな存在ですから。」

「へぇ、それは面白いな。じゃあ神様の君は、こんな平凡な俺に何の用があるんだ?それとも、死した人間はみんな君に会うのか?」

「私は生と死を司ってますから、私があなたを呼ぶのは何もおかしいことではありませんよ。さすがに、死んだもの全員とは会いませんけど、ただあなたはちょっと変わっていたので。」

「ふむ、そうか。じゃあその変わっている俺は、これからどうなるんだ?」

「それはですね…って、なぜあなたが主導権握ってるんですか!私にだって私の話す順序があるんですよ!質問するのはその後にしてくださいよぉ…。」


彼女は半べそを書きながら、しくしくと泣き出した。いや、実際にはわからないが、声音からそう読み取った。

かわいい。率直にそう思った。


「ははっごめんごめん。つい、探究心が勝っちゃって。」

「神を前にして探究心ですか。やっぱり面白い種類ですね、人間って。」

「っていうことは俺の他にも面白いやつがいたのか?」

「面白いっていうか、変なのはいましたね。私が神って言うと、強くてニューゲーム!と言う人や、ハーレム天国を作るんだ!という変な呪文を唱える人がいました。普通なら、恐怖心や信仰心が勝つと思うんですけど。しかし、だいたいそういう呪文を唱える人間って、あなたみたいな日本の男の人だと記憶しているんですが、流行っているんですか?」

「あぁ…。流行っているとかじゃなくて、強いて言うなら文化、かな。」


思い当たる節がありすぎて、俺は頭を抱えたくなった。


「文化、ですか。人間は随分面白いものを生み出しますね。…まぁ、それはともかく、本題に入りましょうか。先ほども紹介しましたが、私は生と死を司る神です。主に、死したものの先の、生の道を決める役割を持っています。普段なら、死したものは私の輪廻を辿って新たな生を自動的に歩み出しますが、たまに亀裂が生じます。」

「その亀裂が俺ってことか?」

「はい、そうです。そして亀裂とは、本来死ぬべきではないタイミングで死んでしまい、新たな生までの時間が狂ってしまった現象のことを言います。」

「ということは、俺みたいな自殺したやつは、みんな亀裂ができてるってこと?」

「いえ、例は出しにくいですが、新しく生を得たものは、その時点で死亡理由がどうであれ、死するタイミングは決まっています。しかし、神といえど万能ではありませんから、ごくたまにそのタイミングがずれる方がいます。あなたの場合は、思考のせいですかね。」

「思考?」

「はい。では聞きますが、あなたは死に枯渇していましたか?」

「いや。ただ生きるよりかは死に希望があったからだ。別に死にたくて死んだわけじゃない。」

「そうですよね。あなたは頭が良くなりすぎた。だからこそ分かりきった日常を毎日続けるよりも、すぐできる大きな状況変化のほうに進んだ。間違いないですか?」


さすが神様。俺のことはお見通しってとこかな。


「あぁ。正直、俺はなろうと思えば何にでもなれたと思う。愛情だって、得ようと思えば得られただろうな。だが何を得ようが、結局は死に帰結する。それに、俺が生きてた世の中は何よりも単純で汚くて、つまらなかった。だから、死んだんだ。」


誰にも理解されるわけ無いと、ずっと言わずに秘めていた気持ちをいざ言葉にすると、驚くようにすとんと俺の胸に落ちた。

彼女はそんな俺の話を静かに聞き、理解するのに時間がかかったのか、数秒間を置いてから話し始めた。


「うん、やはり人間…いえ、君は面白いですね。私には到底思いつかない考え方です。まぁだからこそ死のタイミングがわからず、こうして亀裂が生じた訳ですが。私が言っていた思考のせいの意味、理解できましたか?」

「あぁ。しかし、神様が思いつかないって…それは褒められてるのか?貶されてるのか?」

「まさか!仕事は増えましたが、確実に褒めていますよ。こんな面白い生命に会えるなんてどんな確率でしょうか!あぁ、この世界には私の知らない事がまだたくさんあるんですね…。」


彼女はきっと恍惚な表情を浮かべ、頬に手をあて高揚しているのだろう。そんな事が安易に思い浮かぶほど彼女の声は弾んでいた。

俺はそんな彼女に申し訳ないと思いつつも、ずっと気になっていた事を聞いた。


「この先俺はどうなるんだ?」

「別にどうもなりませんよ?」


あまりにも単純なその言葉に俺は意味を理解出来なかった。そして俺が何も話さないのを見かねたのか彼女は淡々と話し始めた。


「先程亀裂の話をした時にも言いましたが、本来死ぬタイミングでは無い時に死んだんですから、簡単な話、本来死ぬはずだったタイミングまで存在していれば問題ありませんよね?」


俺はこの空間に来て最初に感じた不安をまた感じた。まさか…。


「ですから、あなたたちのような方にはこの空間でそのタイミングまで過ごして貰います。特にあなたは異例中の異例でしたので、大体…60年程でしょうか。」


恐れていた事がはっきりと分かり、俺は絶望した。

死の先に希望なんてなかったのか。生きていた方がまだなにかあったのかもしれない。こんな、時間すら分からないような空間で60年…いつまで狂わずにいられるか。いや、もしかしたら狂ってしまった方が楽かもしれない。


「おーい、大丈夫ですか?顔、真っ青ですけど。あ、もしかして心配してるんですか?これからのこと。それなら、心配いりませんよ。だって私、貴方のことが気に入ったんですから。」

「ど、ういうことだ?」


まるで、暗い海の底に一筋の光が見えたように俺は感じた。

思わず息を呑み、静かに彼女の次の言葉を待った。彼女はそんな俺の様子を知って知らずか至極軽く俺の来世を口にした。


「んーあんまり話しちゃうと面白くないので大まかに言いますけど、とりあえず貴方には不老不死になってもらいます。」

「…は?………いや、え?」


なんとか彼女の言葉を飲み込もうとしたのだが、俺の故郷では明らかにおかしいその存在に俺の頭は完全にショートした。

しかし、彼女はお構いなしに話を続ける。


「だいじょーぶですよ!別に不老不死だからって、ただ死なないってだけで別に痛覚とかは普通に機能しますし、それにこれは神の出血大サービスなんですけど、貴方の記憶そのままで、魔法やなんかも使えちゃったりしちゃえます!さらに!今回は特別にモンスター溜まりの森じゃなくって、なんか良さそうなところに貴方を落とします!お得ですね!」

「いや通販番組じゃないんだから…。」

はっ、しまった思わず突っ込んでしまったが、そんなことをしている場合じゃない。今、彼女なんて言った?落とすって言わなかっ

「それじゃ、いってらっしゃ~い!」

「どぅわあああああああああ!!!」


先ほどの白い空間から一転、俺は真っ逆さまに落ちていた。青い空、広がる森、そして俺の腕。視界に映るのはこれだけで、落ちていること以外何もわからない。


「いや、そんなこと冷静に考えてる場合じゃ…!」


言ってる間にも、深緑は俺に迫ってくる。彼女が行っていたことを信じるのなら俺は不老不死になっているが、これは、どう考えても…


「一回死ぬだろ…。」


俺は一度目の落下と同じように、ぎゅっと目をつむり二度目の死に備えた。

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