第40話 ~この前、八重樫さんとエロいことしたでしょ~

「ところで、大橋くん」

「どうしました? 輪島さん」

「この前、八重樫さんとエロいことしたでしょ」

「え……?」


 緊張感が走る。

 昼休みの中庭、どちらからともなく弁当を持ってベンチにやってきて雑談をしていた。


 先ほどまで楽しく弁当を食べながら談笑していた。

 輪島さんがスマホでエロ動画を見てたら50万架空請求された話を聞きながら。


 突然の戦慄に、俺は箸で掴んでいた卵焼きを落としてしまう。


「はは……輪島さん、何言って――」

「セックスしたの!? ねえセックスしたの!?」

「12時に大声で言うもんじゃないですよ、そのワード。せめてえっちって言ってくれないと」

「嘘つき。一緒に帰ってるの見たんだからね?」

「うぐ……」


 輪島さんは心底怒った表情で俺に詰め寄る。

 完全に人を殺す目をしていた。


 やはり詰めが甘かったか。

 打ち合わせで八重樫が相楽高校に来る度に泊めてたんだ。

 奇跡的にエロい行為には発展していないが、一緒には寝ている。


 そして、毎回美味しい手料理を作ってくれて家の掃除までしてくれるという、最高のサービスに俺は正直甘えていたのだ。


「信じらんない。私これに関しては割と本気で怒ってるよ?」

「いや……その……あいつ、寮の門限に間に合わなくて……」

「じゃあ女子部員に頼ればよくない? 風音ちゃんは無理だと思うけど、私や麗ちゃんならOKかもしれないじゃん」

「それは本当にそうなんですけど……」


 俺の性癖暴露という爆弾を彼女が持っている限り、逆らうことは許されない。

 こいつらにバレたら、祭りが始まってしまう。


 傍から見たら浮気がバレた彼氏を詰めている彼女である。

 時々通りがかる人が、俺を哀れな目で見て通り過ぎていく。とても胸が痛いです。


「ほんとむかつくわ~大橋くん」

「なんか輪島さん、俺の扱い段々雑になってきてません?」


 出会った頃は子犬みたいに寄ってきて、言葉遣いも丁寧で、俺をリスペクトしているのが伝わる態度だった。

 合宿や色々な出来事を経て、彼女は俺に対する絡み方や言葉遣いが雑になってきている気がする。


「それよりも、八重樫さんもどうなの? 確かにボクシングではリスペクトしてるけどさ……毎回大橋くんに家にちゃっかり泊まってたんでしょ? おかしくない?」

「いや、まあ……おかしいとは思います自分でも……」


 何一つ反論できない。完全なる100対0で判定負け。


 そして、男が浮気したとき、女は彼氏よりも浮気先の女を一番恨むと昨今から言われている。

 この件のせいで、輪島さんのヘイトが八重樫に突き刺さる可能性は高い。


「なんか大橋くん、ウチ泊まった時からあんま構ってくれなくなったしさ」

「そ、そんなことないですよ?」

「もう大橋くんの靴下やパンツのストックもないんだよ……助けてよ……私のオカズが……」

「毎回靴下パクられたらそりゃ対策するでしょ、そこは絶対に被害者面しちゃダメでしょ」

「風音ちゃんが知ったら大橋くん本当に絶交されそうだから、さすがに私で留めておくけれど……」

「本当にありがとうございます……何でもします……」


 はあ、と大きく溜息を付いた輪島さんが、食べ終わった弁当箱の蓋を閉める。

 立ち上がると、そのスラリとした細い体をグッと伸ばす。


「放課後、学祭実行委員の打ち合わせあるから遅れちゃだめだよ?」

「も、もちろんです」


 それだけ言い残すと、また溜息を付いて校舎へと歩いて行ってしまった。


「………………」


 これだけは本当にバレたくなかった。


 しかも、今日の打ち合わせで輪島さんと五十嵐と八重樫がまた対面する。

 死ぬほど気まずい、今からそこの雑草爆食いして救急車運ばれようかな。




「案として上がっていたもので、私としては相楽高校vsヴェントリックのボクシングエキシビジョンマッチが一番盛り上がるのでは、と思いました。皆さんはいかがでしょうか?」


 え?


 今何が起きている?

 学祭の打ち合わせが始まり、メンバーが教室で議論をしていた。


 せっかく合同開催するのだから、何かコラボした企画で外部から客を呼べそうなものをいくつかやろう。

 そんな話だったのは覚えている。


 覚えてはいる、が。


「ちょ、ちょっと待ってください。本気で言ってますか?」


 思わず手を挙げて声を出す。

 教壇に立っている相楽高校サイドの委員長が眼鏡をクイッと上げて深く頷いた。


「本気です。元々その案は上がっており、最近ではYoutubeやネット番組でも格闘技を取り上げたものが多く市民権を得ていると聞きました。ただ野蛮なものだと風紀を乱しますので、あくまで安全に、盛り上がるようにボクシングのエキシビジョンを学校対抗で行うのはいかがでしょうか」

「それは……誰が出るんですか?」

「メディアでは素人の試合が盛り上がってるようですが、学校としてはそれはリスクを伴いますので、ボクシング部から1人輩出してはいかがでしょうか?」

「え……マジかよ……」


 突然の提案に言葉を失った。

 正直、これまでの打ち合わせはあまり話を聞いてこなかった。特に俺が前に出てやるようなこともないし、そのモチベーションもなかった。


 ここまで話を聞いてこなかった俺が悪いのは確かだが、唐突に決まりそうになっているエキシビジョンマッチに驚愕を隠せずにいた。


「ボクシング部の部長は輪島さんでしたね。ぜひ前向きに検討していただきたいのですが、どうでしょう?」

「え、はい……えと……」


 輪島さんも言葉を失っていた。

 対する、他の委員メンバーたちは「面白そう!」と盛り上がり始めていた。


「それに、ボクシング部の宣伝にもなると思いますが。ボクシング部は部として認められる人数の5人ジャストでしたよね? 存続は危ないのでは?」


 眼鏡の委員長が猛烈なクロージングを仕掛けてくる。

 俺と輪島さんは何も言い返せず、黙って頷くしかなかった。


 なんとなくプロジェクトが決定になりそうな雰囲気の中で、輪島さんが再びゆっくりと手を挙げた。

 

「わ、分かりました……ヴェントリックは誰が出るんですか?」

「そこはヴェントリックの委員長である八重樫さんいかがでしょう? インハイ準優勝の実力をお持ちなのですよね?」

「えっ、あ、あたし――いえ、わたくしですか……!?」


 突然話を振られた八重樫が慌てて立ち上がる。

 一応お嬢様学校の感じは出そうとするんだな、一人称まで取り繕って。


「はい、八重樫さんが大丈夫であれば」

「え、えぇ……」


 さすがにたじろいでしまう八重樫。

 下を向きながら、長いウェーブがかった髪を指でさらにくるくるとウェーブさせる。


「…………」


 八重樫が俺を睨む。

 いや俺を睨んでも何も変わらないだろう。


「そしたらサガコーからは部長の輪島が出たら!?」

「え……ッ!?」


 輪島さんの近くに座っていた坊主の男子が声を上げる。

 こいつは確か……輪島さんのクラスメイトでもう一人の実行委員、野球部の生徒だ。


 大きな声を出してしまった輪島さんが咄嗟に口を手で覆う。

 見開いた目で俺を見てくる。いやだから俺を見ても無理だって。


「いいねぇ~代表対決! 熱いじゃ~ん!」

「ちょっと怖いけど、見てみたいかも」

「学祭としては革命的じゃない?」


 次々と実行委員たちが賛成の声を上げ始める。

 おいおい、本気で決まっちまうぞ、二人とも。


 熱い賛同の声に俺もきょろきょろと辺りを見渡しながら縮こまることしかできずにいた。

 輪島さんと八重樫さんはお互いを指し合いながら「私たち……やるの?」とでも言いたそうにアイコンタクトを取っている。


 いや本当にやるの……?


「それでは、コラボ企画の1つは、ヴェントリックvsサガコーのボクシング対決でお願いします」


 委員長が決議を取ると、まばらに拍手が鳴り渡り始める。


「輪島さん、断るなら今ですよ?」

「いや大橋くん、もう遅い」

「…………」


 隣で白目を向く輪島さんと対照的に、教室は活気的な盛り上がりを見せていた。

 八重樫、あいつは大丈夫なのだろうか。


「…………」


 八重樫もまた、白目を向いていた――。



 


「えぇ!? 八重樫と部長が戦うって!?!?」


 悲報を聞いて、飛び上がりながら天井に突き刺さる勢いでひっくり返ったのは五十嵐だった。

 打ち合わせの後、練習に行くとリングでシャドーをする五十嵐を発見。そして本件を告げたわけである。


「ちょ、部長!? マジで言ってんスか!?」

「う、うん……おかしいよね、こんなの……」

「なんで断らないんすか! てか大橋テメェが助けろや! アホ!」

「ぐぬぬ……ごめんなさい……」


 俺も謝るしかなかった。

 勢いに飲まれて、何も言葉を発することができなかったヘタレな俺にローブローをください。


 ※ローブローとは、股間への打撃攻撃である。違反行為だしすっごく痛いぞ!


 五十嵐が俺を睨みつけながら言葉を続ける。

 シャドーで汗をかいたからか、相変わらず肉付きの良い褐色の太ももにハーフパンツが張り付いている。

 

「しかもさ、そもそも試合時の体重とかどうすんだよ?」

「まあ……二人は階級同じだし……」


 八重樫と輪島さんは同じバンタム級だ。

 八重樫はあまり減量をせずにバンタム級に出ているらしい。


「普段の体重自体は若干だが輪島さんの方が重い。その点ではわずかに有利だが……」

「八重樫さん、強いよね」

「…………」


 俺と五十嵐が言葉に詰まる。

 言いたいことは恐らく同じなんだろう。


 輪島さんより一枚上手の五十嵐より彼女は強い。

 輪島さんvs五十嵐のインハイ予選決勝では競ったものの、本来の実力的にはやはり五十嵐が今は断然、上だ。

 

 そして八重樫と練習をして更にあいつの強さが分かった。

 練習の限りでは、正直八重樫の方がまだ上手な印象だ。そして、彼女は気持ちも強い。


「何より……輪島さんのアウトボクシングとは相性が悪い」

「そうだよね……私、八重樫さんの踏み込みに対応できるかな……」

「部長は距離感を大事にする戦い方っすけど、八重樫は距離を一瞬にして潰すのが上手い」

「…………」


 これはエキシビジョンとはいえ、なかなか厳しい戦いになりそうだ。


「てか、ウチその日サポート入れねぇんだよな……」

「え? 五十嵐お前、学祭で予定なんか入れるタチかよ?」

「いやそれがさ……うーんと……」

「珍しく歯切れが悪いな」

「いや、まあ……歌うんだよ」


「歌?」


 俺と輪島さんが同時に首を傾げた。

 頬を少し紅潮させながら、頭を掻く五十嵐。


「歌って……出し物こそやるようなタチじゃないだろ」

「う、うるせぇな……頼まれたんだよ」

「だれに?」

「学祭ってさ、バンドもあるだろ? なんか出演予定の子たちで、ボーカルが今日インフルエンザになっちまったらしくてよ……それで、知り合いヅテで代打のボーカル頼まれて……」


 五十嵐が、学祭のバンドでボーカル……だと……?


「お前、大勢の前で歌えるのか……?」

「んー……ちょっと恥ずかしい……」


 もじもじと恥ずかしがる五十嵐が若干可愛いのは置いといて、こいつの謎ムーブに戸惑いを隠せなかった。

 輪島さんも口をポカーンと開けている。


「そういえば、お前めちゃくちゃ歌上手いんだったな」

「誰がそんな噂流したか知らねぇけど、そんな話がウチに来ちまったんだよ……オーケーしちゃったし、今更断れねぇよ……」

「なるほど……」


 五十嵐も五十嵐で、大変な目に合っていたんだな。

 

 と、その刹那。


「――ッ!?」


 鉄扉が鈍い音を上げてゆっくりと開く。


「…………」


 扉が開いた先にいたのは、八重樫だった。


「八重樫……お前今日はさすがに――」

「輪島部長、試合決まっちゃいましたね」

「八重樫さん……」


 無機質なトーンで発せられた声に、輪島さんの顔が強張る。

 八重樫はこちらにゆっくりと歩いてくる。


「八重樫テメェどの面下げて来てんだよ!」

「贅肉ギャルは黙って頂戴。あたしたち、半ば強制的にマッチメイクされちゃったけれど……」


 ドン、と八重樫が輪島さんの前に出る。

 輪島さんの表情が困惑へと変わる。


「八重樫さん……本当にやる?」

「やるわよ。あたしにはやる目的ができたの」

「目的……?」


「おい、おま――」


 八重樫が、俺の腕にしがみ付く。

 突然の出来事に、俺を含め全員が驚愕の表情をあらわにする。


「ちょっと八重樫さん――」

「輪島部長は、大橋きゅんのことが好きなんですよね?」

「え……?」


 俺たちの間に、汗の臭いが凝縮された風が、駆け抜けるように吹いた。


「あたし、大橋きゅんのこと本気で好きになっちゃったのよね」

「おい八重樫、どういうつもりだ」

「大橋きゅんもちょっと静かにして。大好きだけど今は黙ってて」

「…………」


 キッと輪島さんを睨みつける八重樫。

 この後発せられる言葉を察してか、輪島さんの目も鋭く八重樫を睨んだ。


「あたしが勝って、大橋きゅんと付き合います」

「……最近大橋くんの家に頻繁に泊まってると思ったら、今度は付き合う?」


 輪島さんがいつもより低い声で言葉を紡ぎだす。

 輪島さんも一歩前に踏み出し、二人はいま完全にメンチを切っている状態だ。

 さすがの五十嵐も戸惑いからか動くことができずにいた。


「あのさ……八重樫さん」

「なんですか?」

「私が大人しくしてるからって調子乗らないでよ」

「油断してるからですよ?」

「さっきまであんたも戸惑ってたじゃない」

「さっきは、ですよ。今は目的ができたので」


 輪島さんが人を「あんた」呼ばわりするところなんて初めて見た。

 正直、俺は二人から発せられる圧倒的戦慄に、恐怖心しか抱いていなかった。


「あたしが大橋きゅんとラブラブ同棲生活してるからって、嫉妬しちゃって情けない先輩ですね」

「はぁ!? あんたが勝手に付きまとってるだけでしょ!? それストーカーと一緒だから!」

「それは輪島部長には言われたくないですね。まあなんでもいいですけれど」

「決めた、私やる」

「やる気になってくれないと、あたし10秒で勝っちゃいますもんね? ふふ」

「黙って! マジでぶっ飛ばすから」

「あたし、そこの贅肉ギャルより強いわよ?」

「黙れ! このヤリマン! 上等だよ、どっちかが倒れるまででいいよ、この試合」

「言いますねぇ~」


「………………」


 怖い。

 怖すぎる。なんなんだよこいつら。


 ターゲットになってるはずの俺すら置いてけぼりじゃねぇかよ。

 八重樫も輪島さんも完全に瞳孔が開き切っている。獣の目だ。


 2人とも、野獣が乗り移ったんじゃないかというほどに殺気を漂わせている。

 俺と五十嵐は固まっていた。


「じゃ、あたしはもうここには来ないから、しっかり練習しといてくださいね」

「言われなくても本気でやるから」

「じゃ、大橋きゅん! ちょっとの間会えなくなっちゃうけれど、我慢した分いっぱいデートしようね!」

「…………」


 それだけ言い残すと、八重樫はそそくさと帰っていく。

 八重樫の背中を見て、輪島さんは無表情で立っていた。


 ど、ど、ど。


 どうなっちまうんだ、これ……。



 

 ただの学祭の企画の一環、エキシビジョン。


 それが、最恐の女の戦いとなる――。

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相楽高校女子ボクシング部 ~最強ボクサーだった俺が"特殊性癖持ち"女子限定のスポ根ラブコメハーレム物語を始めるようです~ 三澤凜々花 @ririka_misawa

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