第33話 ~長谷川さんとAV鑑賞をしてみた~

「え、来週って輪島さんの誕生日なの?」


初耳である。

そういえば、部員の誕生日をあまり把握していなかった。


「みんなは買ったのか?」

「ウチはもう準備してあるぞ」

「……わたしもカンペキ」


まだ誰も着替えすら始めていない練習場で、五十嵐とソフィはそれぞれ答えた。


「わたくしは……ちょっと迷い中ですわ」

「ほう」


長谷川さんは腕を組んで考え込んでいる。組んだ腕に夢の塊がズシンと乗っかっていた。

恐らく、中学時代から毎年プレゼントを上げているゆえ悩んでしまっているのだろう。


「てか、みんな知ってたのかよ」

「知らなかったのオーハシだけ、ぷぷ」

「おいおい、マネージャーなら部員の誕生日くらい知っとけよ~」

「う、うるせぇな……来週ならまだ間に合うだろ」


来週の月曜日が誕生日か。

そして今日は金曜日。練習がない日曜日に買いに行けば何の問題もない。


なんでみんなは知っているんだ。たまに襲われるこの疎外感はなんなんだチクショウ。


「とはいえ、何を買ったらいいのか……」


輪島さんの性癖は知ってるのに趣味は知らない。好きな匂いの度合いは大体わかるのに、好きな食べ物とか音楽とか、何も知らない。


悲しいね!


「…………」

「どうしました? 長谷川さん」


無言でじっと見つめてくる長谷川さん。なにやら不安げな表情である。


「……なんでもないですわ」

「そ、そうですか」

「…………」


そう言いつつも、視線は外さなかった。何か言いたいことがあるなら言えばいいのに。


「大橋てめーは使用済みパンツでもプレゼントしろよ! 部長、泣いて喜びながらオナニーすんぞ!」

「おい五十嵐やめろ」

「オーハシは汗をボトルに詰めてプレゼントするべき」

「つっこみたい気持ちより怖さが勝つんだよ」

「部長あの人、意外と犯罪性強いよな!」

「五十嵐お前が言うなよ、お前は公然わいせつだからな?」

「汗臭……グローブにご飯詰めて食べれるって言ってた」

「ごめんそれは本当に気持ち悪いな」


「…………」


長谷川さん、まだ無言だ。一体なにがそんなに気になるというんだ。





「お、LINE」


練習も終わり、自宅へ帰りベッド上で寝転がっていると、スマホに通知が浮かび上がった。

入学当初は女の子のLINE500人分くらい集めたけど、今となっては誰一人とも連絡取ってないな。


かくいうわけで、最近の俺にLINEを送ってくる人などほぼいないのであった。


悲しいね!


「長谷川……さん……?」


長谷川さんはあまりLINEを送ってこない。珍しい。

恐る恐る内容を見る。


「ミスター拳弥へ プレゼント選びをしながらケーキでもいかがですか? 横浜駅で待ってます」


ピーチ姫?


「長谷川さん……あの人」


意外と素直じゃないとこあるんだよなぁ。

日曜日にプレゼント選び一緒にしようってことだよな、これはデートだね。


すぐに返信を打ち始める。


「日曜日12時に駅で待ち合わせしましょう……っと」


正直、輪島さんのことを聞くには長谷川さんは適材だ。

まだ彼女自身もプレゼントが決まってないというし、アドバイスを貰いながらゆっくり考えるとしよう。


「別に2人きりで買い物したいとかじゃありませんから!」


一瞬にして返信が来ていた。

この人、ツンデレ設定なんてあったっけ?






「遅れてしまって申し訳ないですわ……ミスター拳弥」

「ほう……」


パタパタと走って現れた長谷川さん。

白いレースブラウスに黒いミニスカート。シンプルだがレースが可愛らしさを演出していた。

そしてデコルデの露出度が高いし、おっぱいが……おっぱいが……!


てっきり超絶エレガントな服でも着てくるのかと思いきや、やっぱ可愛いのが好きなのね。

パジャマもモコモコのやつだったし。


「5分は遅刻に入りませんよ」

「ありがとうですわ~……ちょっと時間が掛かり過ぎて」

「そうですか、とりあえず歩きましょうか」


女の子たるもの、おしゃれやら化粧やら準備は大変だろうしな。

まあ多少の遅刻は何も問題ない。


「言えませんわ、緊張しすぎて玄関のドアノブを回すのに1時間掛かったなんて……」

「え?」

「な、なんでもないですわ!」


俺たちは近くにあるショッピングセンターへと歩き出した。

長谷川さん、ヒール履くと俺より背高いな。


こうして見ると、高校生とは思えない大人のエロさが詰まってるよね。

誰に語り掛けてるんだろう、俺。








「輪島さんは何が好きなんですかね?」

「え、えーと……無趣味といえば無趣味なのでございますが」

「なんと……」


一番困る回答である。

輪島さん、バッグとか雑貨とか、何か足りてないものってあるかな。いま不足してるものが一番間違いないんだが。


「困りましたね」

「あの人あまり物欲ないのですわよね……まあ、でも毎年なにを贈ってもバカの一つ覚えみたいに泣いて喜びますわよ」

「本当に親友?」


このボクシング部ってたまに仲間をすごい言い方で貶すからお兄さん不安なんですが?


「ボクシング関連かなぁ……」

「それもいいとは思いますわよ」

「でもなぁ、安易に共通点で探るより、なんていうか輪島さん個人のことをもっと見てあげるような視点を持ちたいというか……輪島さんのことをもっと考えてあげたい的な……いや女の子オトそうとしてるみたいっすね、はは」

「…………」

「長谷川さん?」


足を止めた彼女は、拳を握りしめ鬼の形相で俺を睨んでいた。


「え?」

「あーそうですか。ひかりんをオトしたいんですわよね。そうですわよね、はいはい」

「なに怒ってるんですか」

「別になんでもないですけど。じゃあペアリングでも買えばよろしいのでは?」

「いやいや話が飛躍してますよ……もっと真面目に考えましょう」

「真面目にって……ミスター拳弥だって何も分からないからこうして一緒に選んでるんでしょう!?」

「俺そんなに怒るようなこと言いました?」


あれ?


なんか空気めっちゃ不穏じゃね?

なんで俺も言い返すような言葉を吐いているんだ。バカか。


「とりあえず、俺は無難ですがマグカップとか雑貨系にしようかなと」

「さようでございますか、わたくしはニットを買おうかなと考えておりますわ」

「…………」

「…………」


あかん、お互いセリフの抑揚がない。

どんどん空気がおかしくなってくる。心なしか距離も遠のいている気がする。


てか、長谷川さんも長谷川さんじゃないか?

突然怒り始めて不機嫌になってるし。


ちょっと頭冷やした方がいいのかなぁ。


「長谷川さん……すいません、空気悪いですよね。ちょっと各自で行動して頭冷やしましょう」

「えっ……」

「…………」


沈黙が走る。

長谷川さんが唇を噛んだ。


「わかりましたわ」

「すいません」


それだけを言い残し、踵を返して人混みの中へと消えてしまう。

ごめん長谷川さん、今は一旦こうした方がリセットできると思ったんだ。


「さてと……」


もやもやする気持ちを胸に、俺は雑貨のテナントへと足を運ぶことにした。






「ありがとうございました~」

「うん、これでいいよな」


ギャル店員の声を背に、袋をぶら下げて雑貨店を後にする。


「…………」


プレゼントはOK。

そして気がかりは。


「やっぱ放置はできん」


俺は、急ぎ足でレディースフロアへと向かっていった――。





「あら、ミスター拳弥、ここで待っていたのですわね」

「ええ、まあ」


レディースフロアのエスカレータ前で待機していると、袋をぶら下げた長谷川さんが物憂げな表情で現れた。

俺も、袋を握る手に力が入る。


「長谷川さん、とりあえずここは出ましょうか」

「そうですわね……」


空気はまったくといっていいほど回復していなかった。

むしろ気まずい。長谷川さんとこんなに気まずいの初めてじゃないか?


俺はなんてダメな男なんだ。

とりあえず、店は出てちょっと考えよう。


エスカレーターを無言で降りていき、ショッピングモールの入り口まで辿り着く。

エスカレーターがあんなに長く感じたのは生まれて初めてである。もう気まずすぎて手すりを凝視するしかすることがなかった。


「え、雨……」


入口の自動ドアを潜って外に出ると、土砂降りが地面を襲っていた。

強い雨音、風も少し強いな。


「困りましたわね……」

「まさか土砂降りとは……」

「わたくし、一応折り畳み傘がありますので」

「は、はい」


俺は無論持ってきていない。無論、相合傘である。


「…………」


無言のまま、長谷川さんが傘を展開する。

この小さめの肩だと二人が十分に雨よけするには厳しい。


「俺、持ちますよ」

「えっ、あ、ありがとうですわ」


傘を取り上げ、長谷川さんの全身が濡れないように差す。

俺は半分濡れてしまうが仕方ない。髪だっていつもより丁寧に整えているし、雨で顔がドロドロになってはいけない。


これは土砂降りだし駅に帰るしかないか?


「雨すごいで駅向かいましょうか……仕方ないですが」

「そ、そうですわね……うん……」


その会話を最後に、無言で土砂降りの道を歩く。

ああ、もう服が濡れて重くなっている。もっとも、1番重いのは空気だ。


このままで解散したらきっと、次に会った時ももっと――。


「長谷川さん」

「は、はい」

「さっきはすいません、あんな言い方嫌ですよね。もうこのことは水に流して――」


刹那、俺たちは文字通り水に流された。


「うおぉっ!?」

「きゃっ!?」


こんな雨の日だというのに、俺たちの隣を車が猛スピードで駆け抜けていった。

そして、その車のタイヤは深い水たまり上を通過した。


大量の水が、俺たちに強く襲い掛かったのだ。


「これはひどい……」

「びしょびしょですわ……」


俺たちは、これ以上ないほどのびしょ濡れであった。服着ながらシャワーでも浴びて来たんですかってくらいには。


「プレゼントはっ!?」

「大丈夫です。これだけは死守しました」


咄嗟に、俺は長谷川さんとプレゼントたちを傘で隠した。

プレゼントは奇跡的に無事であったが、傘の防御範囲が狭く長谷川さん自身はほぼびしょ濡れになってしまった。


「…………」

「…………」


お互い、顔を見合わせる。

長谷川さんの白いレースブラウスは完全に透け切り、肌の色がうっすらと見える。そして、大きな胸のシルエットと黒い下着が浮かび上がってくる。


これは。


「着替えができて、シャワーが浴びれて、休憩できるところ」

「着替えができて、シャワーが浴びれて、休憩できるところ、でございますか?」


「はい」


俺は、声を絞り出した。






「…………」

「…………」


結論から言おう。そう、ラブホ。


ラブホなんだよ、ここ。


「あんっ……あっ……やだっ、だめぇっ……!!」


「…………」


完全に静まり返っているため、隣室のハッスルボイスが鮮明に聞こえてくる。

シャワーを浴びて浴衣姿の俺と長谷川さんは、ダブルベッドに腰を掛けていた。不意に、視界の端にコンドームの袋が映りこんだ。ああ、ラブホや。


「なんか見ますか」

「はい」


俺よりも様子がおかしいのは長谷川さんだ。ずっと顔を赤くして、下を俯いている。

頼むよ年上!


モニターを付けると、映画やバラエティなどジャンルを選択する画面が表示される。順にスクロールしていくと、1番下には「アダルト」の文字。


「長谷川さん、AV好きっすよねぇほんと」

「はい」

「じゃあ、長谷川さんが好きそうなAVでも探しちゃいます!? なーんて」

「はい」

「…………」


俺は血迷い、開いた瞳孔のままアダルトを選択した。

千差万別ないかがわしいパッケージ写真がズラリと表示される。なにをしているんだ俺は。


「あ、これ持ってますわ」

「これですか? あっ」


やべ、押しちゃった。ロードしている間はリモコン操作が効かない。Now Loadingしないで!


「ねえ、ミスター拳弥」

「は、はい」

「ごめんなさい」


ここに入ってから、初めて目が合った。目には涙が溜まっていた。

ああ、弱い長谷川さんだ。


「俺こそすいませんでした。長谷川さんがせっかく付き合ってくれたのに……」

「わたくしも……気まずくしたかったわけではなくて……むしろ……」


ベッドに腰を掛けている俺たち。

長谷川さんが、腰をズラし、俺の隣へと距離を縮める。そしてまた見つめあう。


「本当は、すっごく楽しみにしていましたの……!」

「…………っ!」


長谷川さんが、俺の手を握った。両手がホールドされたことにより、流れ出すAVが停止できない。この見つめあっている間にもAVの世界ではもうメインイベントが始まるよ~というところだった。


潤んだ瞳が俺を覗く。


「俺も……ひどいこと言ってすいませんでした」

「わたくし、今日ミスター拳弥とデートだからって準備も頑張ったし普段着ないようなお洋服も着ましたし、もっと本当は楽しむつもりでしたの……!」


長谷川さん、そこまで思って……。

水を掛けられて未だビショビショな俺と彼女の服が部屋の隅にハンガーで掛けられていた。


俺は、それだけ頑張ってくれた彼女を裏切った。


「長谷川さん、今日とても可愛かったです」

「~~~~~~~ッ!?」


一気に顔が赤く染まった。

俺も自らのストレートな発言に思わず耳が紅潮する。俺の手を握る長谷川さんの両手の力がキュッと強まる。


もう密着の距離である。長谷川さんの爆乳がさっきから俺の肩にプレッシャーを与えている。これで理性保てたら俺はメンタル去勢してるって言えるよ!


「えっ! ちょっと!」

「…………」


刹那、俺の体はベッドへと仰向けで倒された。

その体の上には、長谷川さんが覆い被さるように乗っかっている。


そして加速するモニターからの喘ぎ声。

お互い浴衣だ、俺はもうはだけて胸部がほぼ露出している状態である。


「拳弥……」

「え、呼び方……!」


ミスターどこいった?

いきなりの名前呼びなんて案外オクテな長谷川さんらしくない。顔も近い。シャンプーの香りが俺の理性を更に擽る。


「拳弥……わたくし……もっと、可愛いって言われたい」

「…………っ!」

「今日だけは、二人きりだからわたくしだけを見てくれるから……いっぱい甘えていい?」

「なんなんですかその可愛さは」


鼻同士が触れる。


間近にある長谷川さんの高い鼻。耳に突き刺さる喘ぎ声と、吹きかかる吐息。

彼女の体が熱くなっているような気がした。


「長谷川さん……マジで可愛いです」

「拳弥も、かわいいですわよ」

「なっ……」


刹那、口が塞がれた。

俺の耳に吐息を吹きかけていたそのピンク色の唇は、もう俺の唇へと重なっていた。


唇の柔らかい感触が、俺に押し寄せる。


「んっ……」


その唇は、10秒ほどはずっと重なっていただろうか。

時折、目を開けると目を瞑って唇を緩やかに尖らせる彼女の顔が映る。


「ちゅっ……んっ……」


唇の隙間からお互いの舌が顔を出す。その舌同士が絡み合い、唾液の温かさが口内にじわりと広がる。

胸に柔らかい感触を残したまま、喘ぎ声の鳴り続けるその部屋で、俺たちは舌を絡ませることに夢中になっていた。


「ちゅっ、ちゅ……んぅっ……拳弥……」

「んっ……長谷川さん……」


ダメだ、これ以上は――


「長谷川さん」


人差し指を、彼女の唇に押し当てる。離れた唇と舌に、まだ感触の余韻が残る。


「わたくし……発情してるみたいで恥ずかしいですわね」

「いや……俺こそ理性保てなくてすいません……でもこれ以上は」

「ヤリチンじゃなかったのですか?」


悪戯に彼女が微笑んだ。

俺も思わず苦笑を浮かべた。


「ひゃっ……!?」


彼女の体をひっくり返し、今度は俺が上に覆いかぶさる。ベッドの上に、金色の滑らかな髪が広がる。

胸元がはだけ、正直色々なものが見えてしまっている。しかし、今は。


「長谷川さん、処女のくせにリードしちゃうんですか?」

「なっ……バカにしないでくださいませ」

「俺はこんなところで長谷川さんを襲ってしまうほど軽率な男ではないです」

「…………」

「フッ……!」


お互い、思わず吹き出す。

俺も長谷川さんも体を起こし、浴衣を直す。


「はーっ、結局遊ばれてしまいましたね」

「長谷川さんからシたんでしょ」

「きょ、今日は特別ですもん! それに、ファーストキスですからね」

「そうですか……」


やっと、AVを停止することができた。まだ、鼓動は早いまま。

余裕なフリをしてみたものの、普段と全く違う「女の子らしい可愛さ」と「淫らなメスの性」を目の前に俺もあやうく荒ぶるところであった。


「服、乾いたらケーキでも食べましょう」

「いいのですか!? やったー!」


静かな部屋で、俺たちは再びベッドに寄り添って寝転んだ――。








「うおおあああああああああああッ!!!」


俺は、自宅の部屋で壁を殴っていた。

ケーキを食べて無事帰宅したのち、俺は部屋に入った瞬間壁に渾身の右ストレートを放った。


「俺カッコつけすぎやろ! はず! え!? はず!!」


押し倒し返して、キザなセリフ。

そして何事もなかったかのように澄まし顔。


「いや勃ちまくりだっただろうが! なにカッコつけてんの俺!? きっも!!」


ブラックヒストリーである。

タイムリープできるならあの澄まし顔の俺にボディブローのち右フックでノックアウトしているだろう。ホント誰かタオル投げて! もしくはレフェリー止めて!


あの時の長谷川さんが可愛すぎたとはいえ、なにあれ?


「消してぇっ! 誰かリライトしてぇっ!!」



「…………」



ちょっと、ロードワーク500kmいってきます。




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